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    M of L

    part 2 : I miss you...

    第1話 彼の行方は

    (1)
    『ねえ、鏡さん、鏡さん、紘一に別れようって言われたの。その理由がわからないの。教えて?』
     私、夏原夏(かはらなつ)は夢の中で大きな鏡に問いかけてみた。
    『可愛い可愛い君。それはね、本当はこういう意味なんだよ』
     鏡さんは紘一の顔を鏡に映し出し、紘一の声で優しく語り出す。
    『……ごめんな、夏。ホントに好きだった。付き合えて幸せだった。でも、俺は夏の事をちゃんと幸せにできるようになるまで、もっともっと頑張るべきだと思うんだ。努力して、最高の男にならなくちゃ、夏には釣り合わないだろ? 俺、誰よりも夏に相応しい男になりたいんだ……。それまで待ってて、なんて言えないから、今は、ただ、サ・ヨ・ナ・ラ……』
     目が覚めてホロリと涙する。名曲でも聴いた気分。
     そうなのね、ありがとう。でも私は今のままの上野紘一(うえのこういち)で十分なの。別れたくないの。
     だから……。


     月曜の朝、なんとなく出勤前に紘一の会社に寄ってしまった。
     普通別れ話の後にこういうことをすると相手にドン引きされると思うんだけど、紘一の場合は気にも留めないような気がした。というのも私は以前あるコトを目撃しているから。
     その、あるコトとはこんなコト……。

     あれは忘れもしない去年の9月5日、紘一の会社が入っているビルの傍を、たまたま私が歩いていた時だ。紘一と彼の同僚らしき人達が、話しながらそのビルから出てきた。思わず身を隠す。
     彼らは建物の陰に私がいることに気付かぬまま、停められている社用車からいくつかの重そうな荷物を運び出そうとしていた。
     十人近い白シャツ男子の中にあっても、紘一の姿はひときわ光り輝いている。
     どこが違うって、まずキビキビした動きが違う。袖を捲って先頭に立って荷物を運ぼうとする。素敵……やっぱり男の子っ。周りのボテボテとした男子は腕を捲っても、どこかやる気なくため息をつきながら仕事をしているかのように動きが緩慢。比べ物にならない。
     紘一は清潔感に溢れた皺ひとつないシャツ、落ち着いた色のネクタイ、おとなしい印象の黒髪。地味ながら誰よりもカッコイイ。私の目にはそう映る。
     紘一の細い切れ長の目元は憂いを含み、相手を見つめる冷たい瞳の色にぞくっとするけど、綺麗すぎて目が離せない。触れたら赤く染まりそうな頬。すっと通った細い鼻筋、果実を想わせる柔らかそうな唇、キスしてみたい小さなみみたぶ、首……そしてワイシャツのボタンを外し胸元に頬を寄せて…………うぁああああっ!!
     やっば!! もうちょっとで紘一に吸い寄せられる所だったぁ!! 何歩か、足が出かかってたよ!!

    「上野君、最近付き合い始めた人がいるんだって?」
     紘一の隣にいた人が反応を窺うような目で彼を見ながら尋ねる。
    「HRSの紺野君から聞いたんだけど、冗談だろう? 君があの、カハラ……」
    「夏原さんと付き合ってるよ」
     紘一はあっさりと答える。あまりに事も無げに言うので周囲の男子たちが戸惑っていた。
    「あ……言った。隠さないんだね。隠すでしょう、普通、君の立場なら隠すと思うんだけど……」
    「隠す気は無い……社内恋愛じゃないんだから」
    「でも、HRSの人間がランキング女王はマズイんじゃないのかな? みんなの注目度が……」
    「注目? 願ってもないな。夏原さんは、上野紘一と付き合ってるって、ちゃんと拡散しておいてくれ。彼女に遊び半分で絡もうとするやつがいると困るからな」
     紘一は淡々と言った。その後、彼らはビルの中へと帰っていった。

     私はただ硬直し、彼らの後姿を見送っていた。
     ちょっと、待って……。
     紘一は、紘一の心の中は……。

     俺の女に手を出すな!! 夏は誰にも渡さない!!

     ……ってこと!!?

    (2)
     だよね、だよね、もーーっ、私には冷たい態度しか取らないくせに!! 一体どこまでシャイなの!
     可愛い過ぎるぅーーーっ!!!


     っていうような事があった。
     それってつまり、紘一は、私と付き合っていることを社内で公言しているという事。
     だから、こういうことになってしまった今、会社の人に紘一の様子を尋ねるくらい許されると思うんだよね。だって別れの原因がサッパリ分からないんだから、彼の周囲に訊いてみるしかないでしょう? 例えば『オレタチは別れたよ』って社内の人に言ってる可能性だってあるし、別れた理由だって口にしているかもしれないし。
     ……ん……。
     二人の間の事を、全部会社の人に話してるとしたら……それはそれでちょっと嫌だけど……。

     意を決して聞き込みをしてみたが、その月曜日は、残念ながら大した情報は得られなかった。それどころか、
    『え、上野君と別れるの?』
    と訊かれたくらいだった。
     そして火曜、水曜は、会社の用事で他支社で仕事をしていたので、聞き込み調査はできなかった。


     会社の窓からぼーっと向かいのビルを見ていた。
     今日は木曜。紘一に別れると言われてから、はや6日目。当然だけど、彼から連絡はない。
     こちらからも、電話やメールは一日一度と決めている。それ以上やったって逆効果なのはわかっているから。

     スマホを鞄から取り出し、メールをチェックする。紅茶を飲んで仕事をして、メールをチェックする。電話をかけたい気持ちを必死でこらえつつ、トイレで化粧を直して、席に戻り、メールをチェックする。
     デスクの上に誰かのお土産のせんべいがあったのでボリボリ食べながら、自社製品のカタログを見てはため息をつき、メールをチェックする。ラインなら通知音でわかるのに、紘一はSNSもメッセージアプリも全くやらないらしいから面倒臭い。

     午後5時。
     紘一の会社の終業時刻を、私は知らない。多分5時から6時の間くらいじゃないだろうか。そわそわして窓の近くに立つ。いや、ここからじゃ彼が出て来た時に追いかけても間に合わない。いっそ、ビルの外で待ち伏せ……
    「おい、夏原」
    「はいっ」
     コートを手にして部屋を出ようとしていた私を、課長がゴミでもつまむように襟を引っ張って、課長席へと連れて行く。
    「な、なんでしょう」
    「ン? 夏原サンはもうお帰りですか? まだ6時前ですがあ?」
     うちの勤務時間は6時までだった。
    「いえいえ、ちょっと眠くなりそうだったので、外の空気を……」
    「ほおー。この年度末の、社内中ひっくり返ってる時期に眠いとは……。羨ましい限りですなぁあー」
    「私、すること無いんでー」
     にこにこ笑うと、課長の顔が鬼の形相に変わった。
    「じゃあ、仕事をプレゼントしようかな!!」
    「へぁあは?」
     私はその夜、8時まで他課の雑用を手伝わされたのだった。

     結局今日も紘一とは連絡を取れずじまいだった。
     今更だけど、もしかして、本当に別れちゃうの? 悪いところは全部直すって言ってるのに、それでももう修復不可能なの?
     私はだんだん泣きたくなってきた。こんな夜は、あの子に話を聞いてもらおう……。

    (3)
    「こんなのパワハラだよー! 強制残業なんてさー。労働なんとか局に訴えてやるー」
     私は電話口で唸った。
    『それはパワハラの前に見捨てられなくてヨカッタネ、だと思うけど。ちなみに労働基準監督署じゃ単発2時間の残業の事案を申告しても絶対聞いてもらえないよ』
     相手は笑いながら言う。
    「もー、れんは私の苦しみをちっともわかってくれないーー!」
    『確かに、わかりづらい……かなあ……』
     大学時代に知り合って、それ以降は何かあるたび連絡する、大親友と言って良いはずの久芳恋(くぼうれん)だが、彼女はなかなか私の味方にはなってくれない。
    「ちゃんと聴いて、れん、悲しいのよ、もう酒も涙も男も女も全部呑んじゃいたいくらい悲しいのよ……」
    『……夏、それって昭和歌謡のタイトル……。オヤジとカラオケに行きすぎだよ、そっちのパワハラ・セクハラ・アルハラの方が深刻』
    「れんはさー、なんでそうクールなのかなー。失恋したこと無いんじゃないのかなあああー」
    『あるある。山ほどあるよ。……ただ、ねえ。夏も夏だから、相手の……誰だっけ、コーイチ? そいつのことも、どこまで非難できるものかわかんないって……かんじかなー?』
    「わかってるの。悪いのは私なの、私なのよおおーーー」
     ぐじゅぐじゅと泣き出すと、慌てて恋が言葉を続けた。
    『わかった、じゃあさ、明日話の続き聴くから飲みにいこーか!』
     恋はそう言うと、時間と待ち合わせ場所を告げて電話を切った。

     ん、もしかすると、めんどくさいから電話を切り上げられたのかな。
     私はティシューペーパーを探しながら考えていた。



     翌金曜日。3月も今日で終わりだ。
     朝8時半。駅から職場へ向かう道で、もう既に私は焦っていた。
     平日を逃すとなかなか紘一を捕まえづらい。最悪、週末に彼の実家へ押し掛けるなんてことになるかもしれない。いや、まさか。そんなことしたら紘一の怒りを買う。でも家族を味方につけるっていうのも手だし。そうだ、私は彼の家族には好かれてるんだから、美羽ちゃんとかご両親とかに泣きついちゃえば良くない?

    『もう、夏には負けたよ……』
     紘一は苦笑しながら部屋から出て来て、私に笑いかける。
    『うちの家族が、夏以外の嫁は認めないってさ……。嫁扱いされてるぞ? この家でいいのか?』
    『いいよ。私、紘一の傍にいられるなら、砂漠の真ん中だって、刑務所の中だって構わないもん』
    『いや、俺んち、そんなにひどくないから』
     紘一は爆笑した後で、いきなり背中から、ギュッと私を抱きしめる。
    『ただ、俺は、この家より、夏と二人っきりで暮らしたいな……』
    『紘一……』
     耳元に紘一の息を感じて、心臓が止まりそうになった。思わず隣の紘一の顔を見つめる。彼の唇が物欲しげに緩く開いて……ゴチ。
    「!!!イッターァッ……!!!」
     私は電柱にぶつかって跳ね返り、ドテンと尻もちをついた。
    「大丈夫?」
     背後で別の電柱が私を心配する。

     ん?
     電柱じゃなかった。
     それは薄いグレーのコートを着て立つ、背の高い男性だった。
     優しそうな、落ち着いた空気をまとった男性は、そっと私に手を伸ばした。
     彼は微笑んで言う。
    「夏原夏サンでしょ? 上野君の彼女だった」
     私はポカンと口を開け相手を見つめていたが、すぐに口を閉じ、ごくりと唾を呑み込んだ。
    「だ……った……?」
     過去形で私たちの事を話す、あなたは、誰?

    (4)
    「最近、こんなトコで飲んでるの?」
     恋が不思議そうに言う。
    「うん、コスパ重視なの」
     私は立ち飲み屋のカウンターにベタッと頭を置き、氷の入った焼酎のタンブラーを横から眺める。
    「ほら、ケツ突き出してたら、変態にナデられるよ? まだそこまでだるッだるになるほど飲んで無いでしょ?」
     隣で恋は苦い顔をしている。

     モデルのようにスタイルが良くて背が高く超可愛い彼女だけど、傍にいると意外に頼もしい。というのも、恋のおかげでゲスなオヤジたちはまず、彼女をターゲットにする。私は安全圏だ。
     ただ、それはそれで、私だって自分は結構可愛い方だと思っているので、地味に傷ついている。
    「おねえさーん」
     ほら、また酔っ払いがニヤァーっとした顔で、恋の肩に手を置く。恋はその綺麗な顔でため息をつくと、芸能人のように大きなメガネで顔を隠して横を向いて呟いた。
    「兄貴があの仕事してなかったら、ぶっ殺すのになっ!」

     恋のお兄さんは警察官だ。当然、恋が暴れるわけにはいかない。
     そして彼女も小さい頃から柔道と剣道を習っているから、ケンカになったら例え相手が男でも勝っちゃうかもしれない。
     ……それにしても、セキュリティ会社に勤めているんだし、お兄さん云々以前に『ぶっ殺す』発言はどうかと思う。


     あんまりスケベオヤジが多かったので立ち飲み屋から移動。
     そう、ここは私の部屋。
    「そんなに嫌がられてるわけでもない、と」
    「うん、多分」
    「でも受け入れてもらえそうにない、と」
    「うん、どうやら」
    「部屋に泊めたのに、手をつないだだけ、と」
    「う、う、う、うん……」
    「でも、そこで相手より先に寝ちゃったら、普通何も起こらないよね」
    「……ぁぁぁ」
    「てか、最初にキス回避したのが最大のミスだよね」
     私は言葉なく絨毯の海に頽(くずお)れた。

     明日は休みだから恋には泊まっていってもらおう。一晩中グチを聞いてもらうのは、失恋するたびよくあること。こういう面倒見の良い姉御肌な所が恋のいいところ。
     深夜になる頃にはグチと酒で疲れ気持ち悪くなってきた。おとなしくベッドで恋と一緒に寝ていると彼女が言った。
    「なつー、傍で見てるとやっぱり可愛い、ほっぺにチュウしていい?」
     布団の中でべったり寄り添われると、酔いも醒める。思わず同じ布団の中にいながらも彼女に向き合って牽制する。
    「また始まった、やめてよ。私はチガウって知ってるでしょ?」
     反論すると恋は「だって、男でも女でも、泊めるってことはそういうことを覚悟した方が良くない~」と明るく笑った。かと思うと、急に私の体を真上から押さえつけて、
    「もう、なつって手間かかるなー……」
     と、あっさりと唇にキスをした。

     うーーん。
     いつもなのだ。これは避けて通れない儀式だ。
     彼女に相談をすると結局こういうことがオマケでついてくる。わかってる。わかってるけど、ちょっとエッチな気持ちになりそうなくらい上手なキスが、さほど嫌でもなかったりするのだよ……。
     私に覆いかぶさっていた恋は、キスをやめるとそっと私の上から顔を覗き込んでいた。
    「なつ……」
     あ、あ、舌がそこまで……え、手がそんなことも、そんなっえっあっああっ……。
     女の子も……ケッコウイイ……よね……。
     ね、恋……。
     私の視線を受け止めて、恋はにっこりと笑う。
    「体中、真っ赤だよ。かわいー」
     そして恋は、私のパジャマの胸のボタンをきちんと留めて、あらためて私に向き直る。
    「紘一はともかくさ、夏が遭遇した電柱みたいな男の話、聴きたいな」

     急に彼女の口調が変わり、忘れていた話題を振られて我に返る。
     ……ていうか、もうオシマイなのか……。
     ドキドキが止まらない私は、もしか……しなくても欲求不満ぽい。

     電柱って……ああ、あの人!
     私のことを助け起こしてくれた優しい人、三島光一(みしまこういち)さんね……。

    (5)
     体が大きくてクマさんみたい。その人はそんな印象だった。

    『ケガは無いですか?』
    『え? あ、はぁぃ……』
    『自分は上野君の後任で、4月からこっち勤務なんです。これからどうぞよろしく』

    「……ってニコニコしながら助け起こしてくれたよ」
     私が恋のご要望に応えて説明したのに彼女はどこか遠くを見ていた。
     ちゃんと人の話を聴いてるのか? と思い、恋の手を掴んで引っ張り話を続けた。
    「でね、でね、社交辞令だと思うけど、『……夏原さんの写真見せてもらいましたが、実物は、こんなに可愛いんですねえ』とか言ってくれたのよーん。なんかカンジ良かったな、クマさん……。同じコーイチっていう名前でも、全然人当たりが違……」
    「いや、ちょっと待て、ナ、ツ!」
     元々目の大きな彼女が不意に睨むと凄みがある。私は思わずベッドから飛び下りて床に正座した。
    「はいっ、はい、なんでしょうか!」
    「自分の元カノの写真を人に見せるってオカシくない? 今カノならわからんでもないけども。さらに、後任のクマの『これからどうぞよろしく』発言、ヤバくない? ヤバイでしょー」
    「え? 公認?」
    「違う、そっちのコウニンじゃない、後を任された人ってこと。つまり、コーイチは職場が変わるタイミングで、夏のことも後任のクマに押し付けた……って考えられない?」

     ええ?

     …………。

     ええええ???!!


     ちょっと待って、何もかも、よくわかってないんだけど。
     まず、……まず、紘一は職場が変わるの? あのビルからいなくなるの?
     確かに三島さんは『上野君の後任』って言ってた……。言ってたよ……。それは紘一の転勤を意味するの? まさか退職? 違うよね、ほら、同じフロアの隣の部署に変わっただけってことも考えられるし……。

    「電話貸して。代わりに文句言ってやる」
     恋が私に向かって掌を突き出す。スマホを貸せと言っている。
    「でも、だめだよ……もう、夜中だし……どうせ出てくれないし……」
    「いや逆に、夜中なら出るはず」
    「どうして?」
     恋は答えないで何か考えている。
     私はスマホを取り出してから「せめてメールにしない?」と恋に訊いたが、首をブンブンと横に振られ却下された。しかたなくスマホを彼女に差し出す。
     すると恋はその通話開始画面に表示された氏名をじっと見ていた。
    「上野紘一め……」
     恋はそう呟いてから画面をタップし、耳に当てた。

     数秒後、恋が言った。
    「着拒とかされてないの?」
    「……そりゃまあ……それなりに節度は守ってますから……」
     紘一は元々、電話に出る確率が10%くらいの人だったけど、別れ話以降は完全に0%。そんな紘一が相手の場合、納得がいかないからってシツコク連絡を取ろうとするのはマズい。いつスパッと着信拒否されるか読めない。現時点で紘一と私との間の距離は微妙なのだ! だから呼び出しだって7回以上は絶対にしないと決めて6.8くらいで切るように…………
    「あ、もしもし?」
     突然、目の前で恋が電話の相手と話し始めた。
     早ッ!! 3コールくらい? なにそれ、開いた口が塞がらないってこの事だよ。
    「夏から電話借りてかけてるんだけど。……何、もしかして夏じゃ無かったことがショックとか?……」
     恋はそう言いつつ、私を見て笑う。

    (6)
     そしてその後、彼女は一方的に話し始めた。
    「確かに、夜中に突然この子から電話があったら驚くよね、何かあったんじゃないかってさ。でも別れたんなら、そう簡単に電話に出たらダメ。少なくとも3コールで出ちゃダメ。『私を心配してくれてる!』って期待させちゃうと、ずるずる行くよ? それから、後任のクマに、夏の写真見せるって、サイテーだよ。紹介したってことでしょ? そもそも別れる理由がヌルすぎ。説得力ゼロ。おかげで夏は諦めようにも上手く諦められないじゃん。もっと相手の為に割り切った態度を取らないと!」

     ……文句って言うより、ほぼほぼ紘一へのアドバイスに聞えるんだけど、違うかな。
     とは言っても紘一にしてみれば赤の他人にそこまで言われる筋合いがない。彼がどんな事を考えながらその言葉を聴いているのか想像しただけでゾッとする。
    「じゃ、今から代わるから、ちゃんと夏に対して言うべきことを言うんだよ」
     恋はそう言った後、スマホを私にサッと突き出した。

     ぎょえええっ!!!

     言うべきことを言えって、それ、
     キッチリ別れろ、って言ってるのと同じじゃないかあーー。

     思わず、目の前のスマホに身構える。
     でも、……どんな状況でも紘一を待たせるわけにはいかない……。迅速かつ丁寧に対処しなければ。
     緊張で機械を落としそうになりながら、震える手でそれを耳に当てた。
    「あの、も……しも……し」
     私が言うと無音だった状態から紘一の声が耳に伝わってきた。
    『……どういう事なんだ』
     当然ながら彼は不機嫌そのものだった。もー最悪だよ、恋、どうしてくれんのよおお。
    「こ、紘一、急に夜中に電話して……ごめん、寝てた……?」
    『ああ、2時だからな。……世間は休日でも、俺は明日出勤なんだよ。……ていうより……夏。こんな時間にどこで誰と何してるんだ』
    「別に、遊び歩いてるわけじゃなくて、部屋で友達とお酒飲んで寝てただけなんだけど……」
    『…………酒飲んで寝てた?……』
     ププッ。

     あれ?
     急に電話が切れ、私は思わずスマホを見つめた。故障?……では無いみたいだけど、話の途中だったし間違って切れたのかな?
     かけなおそうかと戸惑っていると恋が近寄って来て私の手からスマホを取り上げようとした。
    「もういいんじゃないの?」
     恋はおかしそうに笑う。
    「よくないよ、よくないよーー。かなり変なカンジだったよ。完全に怒ってるよ」
    「いーのいーの。わかんないヤツは怒らせとけば。それよりさ、夏、さっきのキスの続き、してみない?」
    「えっっ!!!」
     恋に、そっと覆うように両肩を抱きしめられた。
    「紘一は分かってくれなくて寂しいでしょ? キスだけじゃなくて、もっと深い関係になろ」
     耳元で囁かれ、思わずゾクゾクっとした。

     だめだよ、いや、マジだめ。この世界を知っちゃったら、もう ” 私の日常 ” に戻れない気がするし、それに、ああ……、ちょっとまって、首筋にキス、くすぐったいし、あ、ダメ……。

     恋に、絨毯へ押し倒された。


    第2話 私の彼女は

    (1)
     私の上に被さる恋を見上げた。ウソみたいに真剣な顔で「しよ」とか言ってくる。
     そんな……ナニをスルのよ。これが、これが紘一だったら喜んで……。
     でも恋は見透かすように言う。
    「その気のない男の事なんてさっさと忘れようよ」
    「そんなあ、れん……」
    「嫌い? 俺のこと」
    「嫌いじゃないよ、す…………」
     私は思わず迫って来る恋の胸を両手で押し返す。
     女性なら当然あるべき柔らかな弾力が、そこに無い。
    「…………ぉ、ぉれ?」
     硬い。
     筋肉で覆われた胸板。

     恋、痩せててガリガリだから、貧乳かー。
     かー……。
     か ぁ…… 。

    「……い、今、『俺』って言った???」


     時間が止まったかと思った。ううん、多分止まった。絶対止まった。でもタイムリープはしなかった。
     目の前の恋はにこにこしながら、ゆっくりと顔を寄せ私の唇を塞ぐ。
     地響きが鳴るかのごとく、ドンドンドン……ドン……ドンドンドン……ドドドドドドドド!!!! と心臓が鼓動を打ち始めた。
     ウソだ。
     深く舌を絡ませて、うっとりするようなこのキスは、今に始まったことじゃない。そう出会ってから、えっと……いやいやいや、もう何回とか計算できない、頭の中整理できない。外国の屋台で言葉の通じないオバチャンが大鍋で何か煮込んでるみたいに、ぐつぐつと記憶を混ぜ込んでぐちゃぐちゃにして、もう何の料理か食べて大丈夫なのかすらわかんなくなってきてる。
     
     だめだ、このまま目を閉じたら、私、恋と……恋と……。


     その時、私のスマホが震えた。
     恋の体と私の胸の間にあったそれは、握っていた私だけでなく恋にも伝わり、キスが止まった。恋がゆっくりと体を起こす。
     震え続ける電話の画面に紘一の名前があるのを見て顔が強張った。
    「も、も、も、も、もし、もし……」
     さっきまで恋の舌に抑え込まれていた私の舌は、罪悪感の錘(おもり)で紘一相手にうまく動かない。
     恐る恐る紘一の言葉を待つと、私の状況など推察する気も無いような、冷たく低い声が聞えた。
    『男といる時に電話して申し訳ないな』

    (2)
     ちがう、そーいう相手じゃないよ! でも、助かった! 電話かけてきてくれてありがとう。
     って!! 紘一はさっきの電話で恋が男だって気付いたの!!? 私は……私は……恋が目の前にいても、5年間気付かなかったよ……。
     心ではありとあらゆる事を思って泣き叫んでいても、この口は尚も、もつれた状態で声を出さず半開きのままだ。
    『夏のことだから、俺と離れたらさっさと次の男を探すだろうと予想はしてた。予想というより、そうなってほしいと期待してた。でも実際この状況になると、どうも理解できないな。夏の切り替えの早さに……ちょっと驚いてる』
     お、驚いてる。
     こっちも色んなことに驚いてる。恋のことを、どう……どう説明すればいいのだろう。
    『というより、ムカついてる。……睡眠の邪魔するだけじゃなくて、男に電話かけさせるとはな。ソッコー部屋に入れて酒飲んで一緒に寝てる? その一連の行動の報告は、俺への厭味か何かか?』
     いやみ!! 違う違う違う、恋は女の子で……あ、女の子だと思ってたってことで……。
    『言いたいことがあるならハッキリ言え。今なら聴いてやる』

     何か言い訳すると、余計に気分を悪くさせそうだった。寝てる所を起こされた上にそんなこと……冷静な紘一でもさすがにキレるだろうな。
    「ご……ごめん……」

     紘一はいつも私が謝るたび呆れていたけれど、今は何も言ってくれない。

     何か言わなくちゃ。でも、何をどう言うのが正解?私が困って黙り込んでいると、恋に電話を取り上げられた。彼女は……あ、違った、彼は、電話口で楽しそうに言う。
    「はーい、時間切れ。元カレはもう電話して来ないでね!」
    「あっ……」
     私の手が制止する前に、彼はさっさと画面をタップして通話を終了させた。
    「れん……」
     泣きそうな顔で彼を見上げる。そんな私を恋はじっと静かな笑顔で見つめていた。
    「その恨めし気な表情は、俺のせい?」
    「……ほかに誰がいるの」
    「だね」
     恋はきゅっと口角を上げてエクボを作ると、いたずらっ子のように笑った。どう見ても反省はしていなさそうだが、やはり憎めない。可愛らしすぎる。
    「ウソつき」
    「別に、騙したつもりはないよ。逢った時に『はじめまして、男です』って言うヤツいないじゃん」
     それはそうだけど。
    「勘違いしてるんだなと思ったけど、ちょっと面白かったし、ま、いっかーって思ってたら、マジで全然気付いてくれないの。どうしようか、このまま女で通そうかとも思ったけど、ネタバラシしないとキスより先に進めないからね」
     よくもまあ、平然と言ってくれるよ……。

    (3)
     確かに学校とか会社に属してたら男か女かは自然と認知できる。でも恋の場合、大学関係ではなく誰かの紹介でもなく、たまたま出逢った人だから、その名前と見た目で勝手に女性だと思い込んでいた。


     あれは5年前、秋の日の夕方。人通りの多い駅前だった。
     駐輪禁止の場所で自転車を支えて立っていた恋が、いかつい警察官に強く注意されていたのを見た(実はそれが恋のお兄さんだったと知ったのは随分後のこと)。
     自転車のカゴにはテニスラケット。細身で背の高いポニーテールの子が目を閉じて深く項垂れてる。
     反省してるんだし、そこまで強く叱責しなくても……。そう思って見ていたら、警察官が去った後、その子と目が合った。
     小顔で、一つ一つのパーツはちょっと大きく日本人離れしている。微かにエキゾチックな香りのするハーフの子、という雰囲気。幼い、可愛い、綺麗、純粋、甘いが絶妙のバランスで配合されている。その顔立ちには化粧なんて全く必要ない、すっぴんで十分。褐色に灼けた肌が健康的。その大きな目でパチパチッと瞬きして見つめられると、思わず吸い寄せられ、黙っていることができなかった。
    「……あの、平気? ほかに自転車の停めやすい場所があるから、教えてあげよっか?」
    「え? マジ? ありがとう! 待ち合わせに、この場所よく使うから教えてくれると嬉しい!」
    「じゃあ、連れてってあげるね。……あ、今も誰かと待ち合わせ中とか?」
    「うーん……まぁ。でも、どうかなあ、来ないかも。ネットで知り合った人と会おうってことになって、こっちは目印にブルーのシャツ姿でラケットを持ってるからって言ったんだけど……」
    「ちょっと待って!!! そういうのアブナイよ!! 騙されて、強引にホッ、ホッ……テル……とかに連れ込まれちゃったらどうするの!!」
    「あ、え、あー……そう?」
     恋は笑っていた。


     そりゃ、笑うよ。
     今思えば恋は連れ込まれる心配ゼロの剛腕だったんだし。逆に相手が男でも女でも連れ込んじゃう方だったかもしれないし。いや、それはないと信じたい。


     共通の知人もいなくて、久芳恋(くぼうれん)の事を『彼』とか『彼女』とかいう代名詞で呼ぶ人がいなかったから……っていうのは、やっぱり言い訳だよねえ。自分の注意力の無さに言葉を失う。
     ……私、安易に人と仲良くなって、安易に付き合ってるってことになるのかな。隙だらけなのかな。ガード緩いのかな。そんなことないと思うんだけど。

     恋と出逢って5年、何度一緒の部屋で眠っただろう。
     キス以上は無かった……というわけじゃないけど、ちょっとくらいのモソモソとか……多少ナデナデ……があったのと、あと、フワッと、サワッとされて、ヤワヤワッと、スルスルッと……。
     ……あぁ、マズイ、また外国の屋台のオバチャンが出てきた……。

     恋はのそのそと動いて、私の前であぐらをかいて座った。
    「あのさー。知り合ってから今まで夏のこと観察した結果思うんだけどー」

    (4)
     リラックスした態度も、いつも通りのスタイルだ。恋には悪気が無いのかもしれないが、パジャマ姿で殆ど自分の部屋のようにくつろいでいるのは、今の状況で許されることかと問いたい。

     私の部屋には恋専用のメンズのパジャマがお泊りセットとして置いてある。恋は背が高いから、メンズを持参して来た時も全く疑わなかった。もう既に取り返しはつかないが、ちょうど一週間前上野紘一(うえのこういち)がここに泊まった時に貸したあのパジャマだ。
     恋が着替えるのは入浴前に浴室で。その体をじっと見るなんてことがなかったけど、よくよく考えてみると可愛い顔には不釣り合いの大きな手足。ああ、まさか、中身までメンズだったとは。恋にキスされたりさわさわされてる時に、こっちからも触ってやれば良かったと悔やむ。いやいや、積極的になってどうするの、それ、彼の思うツボだし。
     私は恋を警戒して向かい合って距離を取り、膝を抱えて座っていた。

    「夏は何しててもあぶなっかしくて見てらんないんだよね」
     彼はしみじみとした調子で言う。
    「あぶなっかしくなんかないよ……。大丈夫だよ……」
     いろんなことが情けなくて強く言い返す事ができない。俯いてしまっていた私に対し、恋はポジティブに、違うステージへ行こうと誘ってきた。
    「実は偶然今彼女がいないんだよ。ちょうど夏も紘一と別れたし、付き合わない?」
    「?……つき……?」
    「うん付き合お」
    「なッ……なんでそういう話になるのかな!?」
    「なんで? 付き合った方がいいでしょ? エッチだけの関係より」

     恋が言うと、それが当然のような気がしてくるから怖い。なんで私と恋がエッチする仮定で話が進んでいるのか意味不明。できないできない。さっきまで友達だった子と、一瞬クラッと来ることはあってもソレはソレ。夢のような、雰囲気に酔っちゃっただけであって、軽い衝突事故です。
     ただ、私も悪いのは確かだ。
     もし紘一の存在がなければ、流されそうだったから。

    「考えられない」
     だいたい、誰かと付き合うという以前に、心はまだ『紘一とこのまま別れてしまうのか問題』で立ち止まってるんだよ。
     それでも、恋は強くアピールしてくる。
    「そう? 勿体なくない? 華奢に見えるだろうけどケンカ強いし。いつでも100%守ってあげるよ、夏のこと」

     守ってあげる……かあ。

    (5)
     守ってあげると言われれば、……やっぱり嬉しい。つい、心も動く。でも、ちょっと待って。
     感情はどこ?
     私は……。

     相手にされてなくても、紘一が好き。
     マイナスな事しか言わなくても、偉そうな態度や喋り方がイチイチ冷たくても、それでも……。
     それでも、紘一が好き。
     だって欠点が目立つのは見た目が良すぎるからなんだよ。
     静かで聡明な表情と、落ち着いた響きの良い声が悪いんだよ。そのせいで何か言う度に、強く欠点を引き立たせてしまう。その顔その声その仕草そのスタイルで、そんなヒドイ事言うの?って周りがガッカリする。
     紘一はソンしてる。
     そんなふうに周りから見られる事に慣れ過ぎて、彼自身気付かないうちに周りの期待通りに振るまってしまってる。
     でも私は、紘一の見た目も好きだし、中身も好きだよ。ちゃんと彼の全部が好き。
     人を見下すような事を言ったとしても、自分が偉いとは思ってないよね。王様でも天狗でも無い。
     本当はいつも人のことばかり気にしてる。だからめんどくさそうなんだよね。おかげで結局、自分の評判なんてどうでもよくなって放置しちゃってさ。
     私はそんな、見せない優しさを持ってる紘一が大好き。
     多分私のこの『好き』が、ちゃんと紘一に届いてないのが悪かったんだと思う。


    「ごめん、れん、無理」
     私はすっくと立ちあがった。
    「ええー。あっさりフるんだなー」
     座ったままの恋は、渋い顔で下から私を見上げる。
    「もう少し考えてからでいいのにー」

     大きく息を吸って、座っている恋に手を差し伸べた。
    「私、紘一が何考えてるのか分からなくて遠慮しすぎてた。諦める時は、ちゃんと言いたいこと言ってからでいいと思う。だから、……突撃してみる」
    「へえっ? 突撃?」
     恋はよくわからないという顔のまま、私に手を引っ張られて立ちあがる。
    「さ、恋、男と分かったからには、彼氏でもないのに泊まったりしないで」
    「この時間から帰れと?」
     私は頷いた。そして玄関へと恋の背中を押して行った。ボケッと玄関に立つ恋に服と荷物を渡す。
    「じゃあ気を付けて」
    「冗談キツイよー」
     恋は玄関先で着替えながら「春の真夜中なんて痴漢や変態がうじゃうじゃいるってのに」とブツブツ言っていた。
     彼は、私の目の前で初めて豪快にパジャマを脱いだ。確かにオトコそのもの。細くて薄っぺらな体つきだが、今までよく押し倒されて無事でいられたもんだなと思う。
     なんだかんだ言っても、単にジャレてただけなんだな。だって5年もずっと、私の相談に乗ってくれていたんだし。

    「そうだ、サブローに電話しとこー」
     突然恋が鞄の中を探し始めた。
    「三郎?」
    「うん。今、事情があって男と一緒に住んでるんだけど、あいつ、寝てるかな。車で迎えに来てーなんて言えない時間帯だなー」
     恋が男と同棲……いや、ルームシェアしてるとは知らなかった。

     恋は着替えを終えると、私にニコッと笑ってから、窺うように呟いた。
    「ごめんね。また、何かあったらいつでも相談に乗るから許してよ。もうこれからは絶対体に触れないし、キスもしない。今までのこと全部反省してる。……それでもダメ? 許せない……?」
    「う……許……すよ……」
     なんでそんな仔犬のような従順な態度で、優しい物言いをするのかな。
    「紘一とのこと、ちゃんと応援するからね」
     そう言って恋が、チョイチョイと手招きする。私たちは内緒話でもするように顔を寄せた。
     スッと温かな空気を、唇に感じた。
    「これが最後ね」
     さっきよりもずっとずっと軽くてサラッとした、挨拶のようなキスだった。

     何か恋に言ってやろうとして、大きく息を吸うと、そのままぎゅうっと抱きすくめられた。

    「これ、5年分の気持ち」

    (6)
     久芳恋(くぼうれん)が帰った後、ベッドに横たわり、考えていた。
     彼の言う『5年分の気持ち』とはつまり、頼りない私に対する『5年分の心配』だと思う。
     それに関して自分の無防備さを反省はしてるけど、どうして恋はハグの前にキスをするのよ。まるで当たり前のように。
     もう女友達とは思えないと分かってるくせに、ずるい!! このドキドキ、どこへ持っていけばいいのだあ!

     私の気がかりは、当然恋のことだけじゃない。
     上野紘一(うえのこういち)の気持ちを、なんとかしてこっちに向かせたい。
     彼はあんな風に通話が切れた後、何を考えただろう。ムカついてると言っていた。勿論よくわかる。一つ一つ説明したいけど説明すればするほど墓穴を掘りそう。

    『許せると思うのか』
    『違うの。恋は……友達だよ』
    『そうか、ただの友達か。つまり、夏は彼氏じゃなくても、平気で部屋へ入れて、酒を呑んで寝るような女だった、ってことだな!!』
     珍しく激怒する紘一に、私はぎゅっと抱き着いた。
    『恋と何かあったと疑うの? もしあったとしても、そんなに怒らなくてよくない? 紘一は私のこと振ったんでしょ?』
    『…………バカ』
     苦しそうな声が聞え、思わず見上げると、紘一は苦悶の表情を浮かべていた。
    『ねえ、別れるってことは、私のこと嫌いなんでしょ?』
    『そんな事……一言も言ってないだろ』
    『だって、だって……』
    『例え好きでも、別れなくちゃならないことがある。俺と夏がどれほど愛し合っていても、未来はもう決まってる……』
     私は顔を必死で横に振る。
    『違う。変えられない未来なんて存在しない。二人で頑張ればきっと上手くいくよ。紘一、私を信じて!』
    『夏……』
     紘一が私の頬を両手で包み込むようにして引き寄せ、熱いキスをくれた。大好き、紘一……。


    『……え? ……俺、紘一じゃないよ?』

     !!!
     ハッとして目を開けると、そこにいたのは恋だった。
    『未来? そんなの、自分の手で強引に引き寄せるもんだよねー』
     彼はそんな事を言いながら、気にすることなく、濃厚なキスを続ける。
     れんっ!!
     心で叫ぶ。
     そんな、そんなっ……。

     ……………………なんでそんなにキスが上手いの?


     目が覚めると朝だった。
     なんだったんだ……。
     あれは夢? それとも不安? まさか、……が、願望???

    (7)
     土曜の朝10時。
     紘一は昨夜の電話で『明日は仕事』と言っていた。
     どこで仕事しているんだろう。なんで土曜に仕事なんだろう。全くわからない。今まで彼の個人的な話題には触れないで来た。タブーのような気がしていた。
     もしあれこれと質問していたら、紘一はそれに対してちゃんと答えてくれてたのかな。興味があることを示しても、不快にはならなかったのかな。
     考えてみると、私は彼が心を開いてくれるのを、ただ待っていただけかもしれない。

     私は期待しないまま、紘一にメールした。
    <今朝は出勤って言ってたよね? どうして? 職場が変わったの?>
     すると奇跡的にすぐにメールが返って来た。
    <会いたい以外の文が書けるようになったのか。進歩だな>

     紘一の返事をぼんやりと見ていた。
     確かに言われてみれば、いつ会える?とか、明日会わない?とか、そういうメールが今まで多かった……ううん、そういうメールばかり送りつけていたような気がする。ちょっと受け取る側の気持ちになると、怖いことかもしれない。
    <土曜に仕事って大変だね。昨夜はごめんね>
     言葉を探す。もうそれ以上何を書いていいのか、思いつかない。ううん。思いつくんだけど。……思いつく言葉は書くわけにいかなかった。
     ……会いたいんだけど。

     それ以降、紘一からメールは返って来ず、しつこくもできないので、そこでメールが終わる。紘一の環境がどんな状況なのか分からないから電話はできない。普段からマナーモードにしてるのは知ってるけど、
    『こんなに見境なく電話してくるなら着拒』
    と切り捨てられるリスクを考えると、恐ろしいから。

     このまま待っていても紘一から連絡は無さそうだ。どこで仕事をしているか彼に訊けないなら、紘一の妹である上野美羽(うえのみわ)ちゃんに訊いてみよう。多分優しい美羽ちゃんのことだから、コッソリ教えてくれるに違いない。
     しかし、電話に出た美羽ちゃんの反応は、想定外のものだった。
    『ごめんね、夏ちゃん、口止めされてるの。だって、夏ちゃんもう男がいるんでしょ?』
    「お、オトコって……違うよ、違う。れんとはそういう関係じゃ無いの!!」
    『レン……?』
     なぜか美羽ちゃんは数秒間押し黙った。
    『ね、夏ちゃん、それまさか " クボウレン " のことじゃないよね?』
    「えっえっ?」
     どうして美羽ちゃんが恋のフルネームを知っているんだろう、と一瞬疑問が頭に浮かんだけれど、それを訊く間もなく、彼女はムッとした声を出した。
    『冗談やめてよ、彼はお兄ちゃんと一緒に住んでるんだよ? 仲良しなんだよ? 夏ちゃんは一体どっちが好きなの? 両方とか言わないでよね。夏ちゃんたら、見た目通り猛獣なんだから』
    「み……」
     見た目通り猛獣って……。
     美羽ちゃんは結局、紘一の勤務先について何も教えてくれなかった。いま実家には住んでないとだけ言われた。

     恋と紘一が同居……。

    (8)
     恋が昨夜、帰り際に言った『三郎に電話しとこー』という言葉が、頭の中に舞い戻ってきた。
     その『三郎』とは紘一のことだったのか……。どうして、わざと紘一の名を伏せたんだろ……? ていうかいつから紘一と知り合いだったの……?
     あああっ、ま、まさか、恋は……私を騙してたの? 紘一のことを教えてくれなかったってことは、私と別れさせるつもりだったとか!!? つまり、恋は紘一と付き合いたい……いや既に、紘一と付き合っている………………? 紘一が私に見向きもしてくれなかった理由は、恋愛対象が女性じゃ無かったからだとすれば……。

     あ……
     ありえる!!

     なんか…………私より恋の方が、紘一とお似合いな気がしてきた……。
     いや、だって……美形同士が顔を寄せ合ってキスして、その細い指でシャツを脱がして肩を掴むと押し倒してそして……『女なんか見るなよ』……あの二人なら絡んでる姿想像すると綺麗すぎてうっとりする……『見るわけないだろ、おまえのことしか俺はっ……!』『うっ、俺』『いいから黙ってろ……』
     …………ス、ス、ストップッ!!!
     危ない!! これはダメ、絶対ダメ!!(中毒性があるっ……と思う)


     スマホの電話帳に入力しておいた、恋の住所を調べた。
     5年間恋と付き合って来て、引っ越したという話は聞いてないけど……。
     そして私はすごいことに気付いた。
     恋の住所の近くには確か紘一の会社の本社があったはず。
     もしかして、……紘一、実家を出て恋と一緒に住んでるってことは、本社勤務になったんじゃ!



    「まっ、待て、夏原!! もう一度、よく考えて話しなさい」
     オフィスのフロアに響き渡る声で、課長が叫んだ。
     私は課長のデスクの前で、憮然として言い返した。
    「ですから、今日付けで辞めさせていただきます。確かめたいことがあって」
    「たしかめ……? あのな、夏原、辞職願出してソク退社とか、……社会人のすることじゃないぞ? どうしても会社に来たくないっていうなら、カウンセラーもいるし……大体、休暇じゃだめなのか? 休職だってできなくはないぞ。最悪、嘘でも結婚退職とか言って、一ヵ月前に言ってくれれば……」
     課長は4月になって初めての出社日、朝礼前に私から『退職願』という銃口を突きつけられて泡を拭いていた。……ていうか、嘘でもってどういう意味ですか。私に結婚退職はそんなにありえないことですか。
    「私、この仕事にさほどやりがい感じて無いですし、私が優秀な人材ってわけでもないですしー。なので、失礼します」
    「こ、こら、夏原っ!……私に恨みでもあるのかっ!」
     涙目の中間管理職を無視して、私は自分の会社を後にした。

     駅のコインロッカーから、旅行用のスーツケースと大きなバッグを二つ取り出した。
     電車とタクシーで、ここから片道1時間弱。全て用意は整っている!

     駅で電車を待つ時間、メールを打つ。
     一昨日の土曜に美羽ちゃんと話した後から、紘一には同じ内容のメールを何度もしつこいくらいに送っている。こんなこと、普段なら絶対にしないけど……。
    <紘一。会いに行くよ?>
    <会いに行っていいよね?>
     すぐに『来るな』と返事があると思っていたのに、何度送っても何の返事も無い。相手をしないっていう態度なのかな。でも、嫌なら嫌とちゃんと言ってほしかったの。説明を聴きたかっただけなんだから。
     きっぱり断らずに無視したりするから、こーゆー突撃をされちゃうんだからね!

     恋ともあれから連絡が取れない。電話がつながらない。メールも戻って来る。ラインも無反応。
     どうなってるの? 怪しすぎじゃない?
     だから、だから、居ても立ってもいられない。

     二人の嘘と本当を、はっきり聴くまで、二人の部屋に住んでやる!!

    第3話 彼女の彼は

    (1)
     去年の初め、夏原夏(かはらなつ)と出逢う半年ほど前の話だ。
     HR特別部の長谷(はせ)課長に、本社の会議に出ろと言われた。月に一度の定例会議に出席すればいいらしい。
    「上野君は本社勤務希望だろう? 今から顔を出して色んな人とコネを作っておくといいよ」
     長谷課長はそう言って笑ったが、その言葉は100%好意では無いと気付いていた。
     今まで長谷課長が担当していた月一報告に、何のトラブルも無いのに、突然俺を指名してくるのは不自然すぎる。社員の後ろ暗い部分を一々論(あげつら)うのが仕事のHR特別部職員の特性を甘く見てもらっては困る。裏に何かあると本能的にわかるのだ。

     課長のご指名の真意がわかったのは、実際に本社に出向いてからだった。


     会議の席で隣に座った、体格のいい柔和な顔つきの男が、俺に声を掛けて来た。
    「君、長谷課長のトコの上野君だろ?」
    「ええ、そうですが」
     社員証をぶら下げているわけでもないのに、そんなふうに馴れ馴れしく声をかけられ、やや不機嫌に対応する。
    「失礼、自分、三島(みしま)。君のことはとにかく有名だから知ってる。……有能だから、いや、全社員の羨望の的だからと言うべきかなあ~」
     どう言い替えようようと構わないが、よくもそんな適当な言葉がぽろぽろと口から出るものだなと感心する。あと、にやにやした笑いも見ていて不快だ。
    「君はもう部長に挨拶した? してないの? ヤバいよ? ソク挨拶に行かなきゃダメだよ」
     そんな事を耳打ちされた。三島の視線が、部長を指している。
     ホワイトボードの前で両脚を肩幅以上に広げて立つ。えんじ色というよりは赤に近い色のスーツを着て、資料を片手に大声で読み上げる。見た目、ラディッシュが仁王立ちしている雰囲気だ。胸を逸らせ腹から声を出しているせいで、会議室にわんわんとその人の声が響く。
    「長谷課長の奥さんだよ。ほら、うちは大企業って言われてるけど元々は同族経営だからね。創業者の会長の孫は、若くても部長。何をしようが、何を言おうが、誰も逆らわないよ。君も彼女に好かれれば本社に来れるかもしれないよ、嫌なんだろ? 今の支社での仕事」
     なんだかよく分からないが、やたらと事情通な男だった。
     めんどくさいが、上司の奥さんとなれば挨拶しないわけにはいかない。

     そして、その日以来、俺と長谷朝海(はせあさみ)との忌まわしい関係が始まる。
     若くて有能なイケメン、それが長谷朝海の大好物だそうだ。
     彼女の従順な下僕である夫(婿養子)によって、俺は生贄にされた。

     月に一度、本社に出向くたび、朝海に無意味な残業を強いられる。
     無人になった社内で彼女は、自分の席の近くの床に俺を正座させる。
    「偉いわねえ、上野君」
     猫なで声が頭の上から下りてくる。

     多分誰もがこの事実を知っているはずなのに、誰も助けに入ってくれない。
     深夜まで彼女と二人きり。密儀は彼女が疲れ果てるまで終わらない。

     その後、夏と付き合うことになってしまってからも、その状況はしばらく変わらなかった。
     夏には申し訳ないけれど、この時期、恋愛や女性に対してポジティブに向き合う気にはなれなかった。

    (2)
     ある日の夜中も、俺は床に正座させられて、頭に手を置かれていた。
     週末で夏のデートのお誘いメールが何通か着ていたが、それどころではない。この部長のお相手が終わったら、タクシーで帰ってソッコー寝る。
    「上野君、このまま本社勤務なんてどう? ちゃんとしたポスト用意してあげるわよ」
     ぽんぽんと頭を叩かれ、俺は無言で床を見つめていた。
    「下を向いてないで、私の方を見て?」
     朝海はわざと俺の目の前に来る。ゆっくりとハイヒールを脱いで床に直に座ると、ミニのタイトスカートでわざとらしく脚を開いて座る。中身が丸見えだ。白いパンツの真ん中に、黒い模様。
     いや、見ない。見たら朝海の思うつぼだ。しかし、つい、好奇心に勝てずにその黒いプリントへと目が行く。

     クワガタムシ。


     なかなかデカい。


    「……今、笑ったわね」
    「……いえ」
    「ダメよ!!!」
     朝海は持ち前の声量で一喝する。
    「いい、上野紘一、あなたは、絶対に私の前で一言も喋っちゃだめなのよ! ほら、見なさい! クワガタはクワガタでも黒いダイヤ、オオクワガタよ!!! ひれ伏しなさい!!」
     俺は苦しくなって思わず目を瞑った。


     ただただ戸惑う。長谷朝海(はせあさみ)は毎回、パンツにプリントをしてくるのだ。それを俺に見せつけて何がしたいのだろう。課長も嫁のパンツくらい見てやれよ。
    「次は……ブラのストラップを見なさいっ!! ほらぁ!!!西日本と東日本で発光のパターンが違う、ゲンジボタルよ!!!東の方がのんびり屋さんなのよっ!!」

     朝海はそうして、下着のあちこちにプリントされたものをチラッと見せては狂喜乱舞している。
     笑う事も息を漏らすことも許されない状況だった。
     呼吸を止めて食いしばっていると、だんだんと気分が悪くなって来る。

     朝海がようやく口を閉じた頃には、ほぼ下着姿だった。あまりの激しい口上に肩で息をしている。
     彼女は黙っていれば普通に綺麗な人だと思うが、残念ながらこの趣味に没頭している最中は、露出狂の女芸人にしか見えない。下着姿で目の前に立たれても、体そのものより、その下着のプリントにしか目が行かない。
    「上野紘一、あなた、HRSの為に生まれて来たような性格なんですってね?」
     入社時にそんなようなことを言われたな、あんたの夫に。
    「私はそういう冷徹で温かみのカケラも無い機械のような少年を徹底的にいたぶって、私だけのカワイイM男クンに変えるのが楽しみなの!」
    「…………」
     どこを見ているのか全く見えてないのか分からないが、俺は少年では無い。
     そしてそういうプレイなら、然るべき場所で金を払って楽しめ。てか、M男なら長谷課長で十分じゃないか。
     俺の目をみていた朝海は恍惚の表情を浮かべて高笑いする。
    「そうよーーっ。その目! そのキラキラしたクールな目が大好き! でも、今この私が、絶望するほどの『笑い』でその美しさを歪ませてみせるから!!!」
    「あ?……まだ……?」
    「お黙りなさいって言ってるでしょう!!!」

    (3)
     朝海をここまで歪ませたのは一体何なんだろうと思う。
     そして俺はいつまでこの仕打ちに耐えなければならないのか。
    「私の脚にキスしなさい!!!」
     座っている俺の前に立ち、朝海は脚を突き出す。わざわざハイヒールを履きなおしているということは、靴にキスしろということか。そのハイヒールの先端にはテントウムシのシールが貼られていた。

     しばし考えた。
     なんで俺はこういうことにずっと耐えて来たか。
     問題を起こすことはHR特別部職員として、本意でないからだ。静かにしていれば、そのうちなんとかなる。俺が何もしなければ、しびれを切らして周囲が変わってゆく。
     こうして下着を見せつけられているだけなら、まだ構わないと思っていた。我慢していれば時間は過ぎる。
     が、キスしろというのは俺の方から動けということだよな?
     ……そうか。
     そろそろわかってもらわないといけないな。


    「ンニャ!!!」
     目の前の朝海が、ポテンと床に尻もちをついた。差し出された脚を俺が引っ張り上げたせいだ。
     床に倒れて大きく目を見開いている朝海の体の上にまたがり、彼女の顔に自分の顔を近づけた。
    「上野! どういうつもり!! 早く……」
    「わかってます。キスでしょう?」
    「えっ……」
     目障りに動く彼女の両手を掴んで、床に押し付けた。
    「唇、もらっていいんですよね」
     俺が至近距離で朝海を睨むと、彼女の視線はカチッとロックされた。
    「…………うっ……」
    「命令しないんですか、部長」
     朝海は唇が触れ合いそうになっているのを感じて、言葉を発することができないようだった。痛くすると可哀そうなので、掴んでいた両手をすぐ放してやったが、もう動こうとしなかった。
    「ああ、唇じゃ嫌なのかな……クツですか? 脚ですか?」
     俺は顔を離し、すっと体を起こして、彼女を見下ろした。
     朝海は俺の顔を凝視したまま、左右に首を振っている。
     まるで、子供がいやいやをするように、瞳がうるみ出した。
    「う……上野っ……」
    「はい」
     自分でも気付かぬうちに笑みを浮かべていた。
    「どうしたんですか、部長。そんな泣きそうな顔してもダメですよ」
     真上から数秒間、じっと見ていた。彼女は顔を赤らめているだけで何も言えないでいる。
     この俺の目の高さと、床で視線を受けている朝海との間の較差(かくさ)に、全ては表されている。
    「部長、いいですか? これからは私の言う通り、いい子にして下さい」
     いい子にしていれば?
     そんな風に朝海の目が問うのを、軽く無視して跪(ひざまず)き、彼女に顔を寄せた。耳にそっと囁いておく。
    「わかりますね? 今後、命令するのは、私です」


     その時、人の足音がした。
     深夜のビル、もう誰も残ってはいないと思っていた。そのフロアに、背の高い細身の男の影が動く。彼は警備会社のユニフォームを着ていた。
     朝海が下着姿で床に寝ており、俺はその傍で彼女に顔を近づけていた。
     まっすぐ半裸の女性を見ながら、男はやってくる。……まずい。会社のフロアでこの状態だと、レイプ未遂を疑われても言い逃れができない。

    (4)
     仕方なく起きあがり、朝海の傍で警備員の対応を待っていると、相手はのんびりとした声を出した。
    「あのー、すみません、ビルのセキュリティ会社の者ですが、いかがなされましたか?」
     まだ全身の力が抜けたように横たわっている朝海に、腰を落として尋ねている。
     よくわからないが、緊迫感は無い。
    「気分悪いんですよね?」
     警備員は、何か同情的な表情を浮かべて俺と朝海を見つめた。そして床に散乱している彼女の服を拾って、言葉を発することもできない朝海に手渡した。
     呆然とする朝海に、彼は続けた。
    「どうしました? 早く着た方がいいですよ。空調も切れてますし、寒いでしょう?」
     確かにそろそろ冬が近づいているせいで、昼間は暖かくても夜中は冷える。朝海も、黄色の糸で『イッテK』と刺繍した腹巻を着けていたくらいだから、寒かったのだろう。腹巻にまでギャグを仕込んでいるのだが、警備員はそれを見ても、クスリとも笑わない。
    「管理職の方なら全部の鍵を持ってらっしゃるとは思うのですが、今後は当社の方で全面的に建物を管理させて頂くことになってまして……長谷部長も、ご存知ですよね」
    「……う、あ、ええ」
    「とりあえず、今日はビルの清掃業者も来ますので、まだご気分が悪いようでしたらこのまま寝て頂いていても構わないんですが、途中で騒音が入るか……」
    「いえっ、もう、もう帰ります! 上野君、あなたもサッサと帰んなさい!」
     朝海は慌てて上着を着こみ荷物を持ってフロアを飛び出して行った。
     警備員は、彼女の後姿を見てから、俺の顔を見てニヤッと笑った。
     彼の名は久芳連(くぼうれん)という。

     実を言うと、一目見た時からこの警備員が、久芳連だということに気付いていた。
     しかし、俺たちが知り合いかというとそうでは無い。
     このダサい警備員のユニフォームを着ていても、モデルのように決まる男はそうそういない。たった一度写真で見ただけの相手だとしても、忘れるはずがなかった。

    「長谷部長、マジ困った人だよねえ。あなただけじゃないんだよ、被害に遭ってる男子社員は」
     朝海の姿が消えてから、連はニコッと笑った。
     自分の顔より少し高い位置に連の顔があった。男でも見惚れる顔だ。深夜だっていうのに、髭一本見当たらない。
    「……わかってて、助けに来てくれたのか。ありがとう……」
     俺は視線を連の胸に移動させた。久芳連という名の入った社員証がはめ込んである。セキュリティー会社だけに、個人の確認は重要らしい。写真のほかに、名前や年齢、所属、資格などしっかり印刷されている。
    「失礼しました久芳連です……」
     連は関係性を思い出したのか、急に真顔になって頭を下げた。
    「いや、別に同い年だし、失礼とか、丁寧語はナシで。その上こっちは助けてもらってる」
    「……タメ?」
     連はすぐ笑顔になった。

     俺は久芳連についてある程度の事は知っているが、相手は俺のことに気付いていないようだ。思わずホッとする。名前や身元が分かるようなもの……社員証なんかをぶら下げる習慣が、わが社に無くてよかった。

    「……え、と、社員サンは、本社(ここ)勤務の人じゃないんだよね?」
     社員サン、と遠慮がちに呼ばれて俺は苦笑いした。
    「社員サンじゃなくて、上野……」
     そこまで言ってから絶句する。本名は名乗れないので、慌てて下手な嘘を吐いた。
    「上野……サブローだから、呼び捨てで構わないよ」
    「わかった。じゃあサブローって呼ぶね、俺は連で。実は、この会社と俺の部屋、超近いんだけど、明日休みでしょ、もう深夜だし来る? 襲わないって約束するなら」
    「襲うかよ。……一応……彼女はいるんだ」


     ただ俺の妹、上野美羽(うえのみわ)が連の住所を知ったらマズい。
     確実に襲いに行くだろう。

    (5)
     俺の妹である上野美羽(うえのみわ)は、人から愛されるコツを熟知している。一言二言話をすれば、大抵の男なら、すぐ惚れさせることができる。何か言えば100%反感を買う兄とは真逆のタイプだ。
     ただ、その能力はすごいと思うが、天性の人たらしとは違う。ちゃっかり、都合良く態度を変えてコントロールしている所に、非常に問題がある。特に、好きな男のためには手段を選ばないし、惚れさせるだけでなく、自意識過剰な行動も災いを成している。
     美羽が在学中に惚れた男のケースでも家族中が右往左往した。
     まだ知り合って2週間しか経っていないというのに、相手の男の部屋に押しかけ居座り、帰ってこない。
     父が相手の男に文句を言いに行った。しかし、相手の男は、
    『僕は美羽さんの大学の卒業生です。美羽さんとは、一度だけ大学の飲み会で同席しただけですし、こちらとしても居座られるのには困っているので、どうか連れて帰ってください』
    とかなり迷惑そうに訴えて来たという。
     普通なら可愛い娘を盲目的に庇うのが親というものだが、家族はみな、美羽の性格を知っている。美羽ならあり得ない話では無い。結局父は頭を下げて美羽を連れて帰って来た。
     美羽は自分の行動を棚に上げて、怒りまくっていた。
    「私、連と結婚する気だったのに!」
     相手は俺と同じ年齢の、久芳連(くぼうれん)。当時23歳。その飲み会の時の写真を美羽に見せてもらったが、女かと見紛うほどの綺麗な男だった。

     俺も妹も両親からは整った容姿を与えてもらったが、自分としては全く感謝していなかった。外見で集って来るような相手は中身など見ていない。中身を見てくれない相手とは、長く付き合えない。そういう意味で、変に冷めていた。
     ただ、美羽の場合は違っていた。
     長く付き合えない所までは同じだが、そこから何とかして愛情を探し出そうと足掻いていた。美羽は俺と違ってかなり攻撃的で、愛情に貪欲なやつだった。
     執着する、と言うべきか。
     ストーカー体質と言うべきか。


     俺が連と本社で偶然出逢い、仲良くなったとしても、本名を言えない理由がここにある。
     美羽の起こした『居座り事件』に関して、被害者である連は、加害者とその父としか接触しておらず、兄である俺との面識はない。
     (ほぼ犯罪)加害者の家族として、ここは連にどういう態度を取るべきか。美羽の口から俺の名前くらいは聞いているかもしれないので、上野紘一と言えず、なんとなく上野三郎になっている。
     ここで、大事なのは、俺が正体を隠す理由だ。
     謝罪するのが嫌とかいうのではなく、連が怯えないためなのだ。超強引でどこまでも突き進む美羽とのことがトラウマになっている可能性がある。俺だって血が繋がっていなければ、美羽のような人間とは関わり合いたくない。
     俺が美羽の兄と分かれば、一緒にいることでいつか美羽が出没するのでは、という不安を与えてしまいかねないと思っていた。

     HR特別部でも逸材と言われるほどの性格の上野紘一が、こんな感情を持つのは、周囲には意外だろう。しかし事実、連を友人として失くしたくないと思っていた。アホな妹ごときで失うなんて考えられない。

    (6)
     冬でも平日の夜は殆ど連とテニスをして過ごしていた。
     うちの会社は屋外のテニスコートを持っていて、社員やその家族は24時間施設を利用できる。連は社員じゃないが、俺さえ社員証を見せれば利用可能だった。こんな寒い夜中にストイックに体を動かそうと思う連は、今思えば悩んでいたのかもしれない。
    「サブローはクリスマス彼女と過ごすの?」
    「いや。会社のパーティーに出席」
     真っ暗な空の下で、パコーンパコーンというボールの弾ける音がした。
    「うそじゃん、そんなの無いじゃん。あるとしたら俺も出勤だよ」
    「支社の方だよ。本社関係無い」
    「おおざっぱな嘘だなぁ……なんでそんなに隠したがるの? 可愛い彼女がいるんでしょ?」
     ラケットを振り切った後、連は姿勢を伸ばして、コートの外へ出た。ネット傍のベンチに腰掛けると、水を飲みながら俺を見ていた。
     連からの球を打ち返さずに掴んで、溜息をついた。やつの視線はベンチで一息つけという意味だろうが、正直、あまり夏の話は突っ込まれたくない。相手に話題を振るしかない。
    「そういう連は、クリスマス彼女と一緒なんだろ?」
    「彼女なんていないよ。けっこー長いこと、片想いなんだよね」
     こんな連ほどのいい男を平気で放置している女がいるのか。美羽が知ったら激怒じゃ済まないな。
     美羽は、結婚まで考えたという連に失恋してから今まで、ほかの男に夢中になった様子はなかった。まだ連の事を好きなんだろうと、俺は思っている。
    「おまえ、理想高すぎんじゃないのか?」
     俺が言うと、連は笑っていた。
    「それがさ、どうも最初の自己紹介が悪かったみたいでさ」
     彼は屈託のない笑顔で、サラッと理由を言ったが、耳で一度聴いた位では到底理解できる話ではなかった。
    「悪い、もう一回言ってくれ」
    「えー、もう一回? サブロー頭良いくせに……」
    「……意味がよくわからなかった」
     連はしょうがないなと言いながら、もう一度同じ話を口にした。

    「だからね、最初に会った時に『れん』の字はどんな字を書くんだって聞かれたんだよ。
    ………………
    『普通の【れん=連】だよ。親が【さざなみ】って言う字がかっこ良いねって事で【れん=漣】に決まりかけてたんだけど、字の意味が【涙を流す】になってて、【レン】だけに【シツレン】して泣いちゃうのかもねえって言い出して……。じゃあ失恋しないように、普通の【れん=連】にしようか、っていうことで【れん=連】になったんだよ』

    『そうかあ、失恋しないように【れん=恋】になったんだー』

    『ん? うん、でも失恋しっぱなしだけどね』
    ………………
    っていう、やりとりがあって、俺の名前をその子は【れん=恋】だと思ってて、俺自身のこともずっと女だと思ってるわけ」


     …………【れん】ばかりが続いて、字を想像するのに時間を要した。
     イマイチ理由に納得できなかったが、それより、今の状況の方が不思議だった。
    「つまりだ、彼女に女だと誤解されたままでずっと……女友達を演じてるのか」
    「まあ、そういうことかなー」
    「なんで」
    「傍にいたかったんだよ」
    「その状態で嬉しいか」
    「嬉しいよ」
     この久芳連という男のけなげさが、ナチュラル過ぎて、とても相手に伝わるとは思えない。でも、彼も口で言うほど気楽な感覚ではないはずだ。
    「大丈夫。彼女の部屋に泊まったり、キスしたりしても、怪しまれないし」
     無邪気に言うが、それは犯罪に近くないか? でもまあ、そうやってささやかに発散してるんだな、男の本能から考えるととんでもなく哀れだ。
    「相手は完全に女だと思ってるんだな。どうするんだよ。いつまでもこのままってわけにいかないだろ。俺にできることがあれば……」
    「うん……その子今彼氏に夢中だから……しばらくこのままだよ。もし別れたら……その時は!って思ってる」
    「そうか。その時は応援するから、頑張れよ」
    「……でも」
     連は、苦笑して言葉を付け加えた。
    「彼女が、あんなに好きな彼と別れるなんて、ありえないかな。ていうか、別れないで幸せになってほしいとも思うんだよ」

     この久芳連の人の良さに、唖然とする。

    「そんなんでどうするんだ!! さっさとその男から奪い取って、おまえが幸せにしてやれよ!!」

    第4話 俺の周りの人間は

    (1)
     最近、本社で久芳連(くぼうれん)と話していると、食いつくようにこっちを眺める女子社員の姿を見かける。
     人付き合いが最大級に悪い上野紘一(うえのこういち)が同じ男とべったり一緒にいるのは、確かに、彼女らの妄想のネタになるのかもしれない。何しろ相手は美人過ぎる警備員として有名だ。
     しかし、これだけははっきり言っておく。
     ちゃんとした理由があるんだ。


     実は先日、父に久芳連の話をした。
     父も当然、いい年の娘がしでかした非常識な事件のことを忘れているはずがない。俺が今その相手と一緒に仕事していると教えると、やはり驚いていた。父は、連の当時の住所を、メモとして残していた。
     そのメモ用紙を見ながら、思わずうめいてしまった。それはまさに、連の現住所だった。
    「ここ、あいつ今も住んでる。本社の近くだ……時々寄ったりしてるから知ってる」
    「……おまえと久芳君が……同じ会社で仕事か……」
     父は低く呟いて頷いていた。
     この人のこのポーズに油断してはならない。見た目は戦国武将が策を練っているように見えるが、実際は殆ど聞き流して何も考えていない事が多い。
    「いや、父さん、しっかりしてくれ! 連が当時から住所を変えて無いってことは、美羽は連の居場所を知ってることになるぞ」
    「ああ、知ってるだろうな。確か前に、合鍵を作ったとか、監視カメラから見えない位置を確認したとか……」
     立ち眩みがした。

    「マジか父さん。親ならそこでなぜ黙ってる。放置してどうする。美羽が二十歳を過ぎようと、あんたはアレの親なんだからな。分かってるだろうな、責任とれよ」
     父親は黙り込んだ。
     まったく……。何年だ? 事件を起こしたのは美羽が大学1年の5月だから、もう4年近くか。そんな長い間、美羽は連をストーキングし続けていたことになる。
     父は深イイ声で言う。
    「紘一、これは美羽だけの問題じゃない。私だけの問題でもない。家族全体の問題だ。そして今、久芳君に一番近いのはおまえだ。きっと、妹に代わって贖罪しなさいという事なんだよ。わかるな、対応を間違えるなよ、何を言われても、誠心誠意応えるんだ」
     開いた口が塞がらない。加害者が被害者をクレーマー扱いか。
     目を瞑って何度も頷く武将のカラクリ人形……のようなヤツめ。

     それでも、俺は家族から犯罪者を出したくはなかった(いやもう、犯罪者以外の何物でもないが)。美羽の行為をこれ以上黙って見ているわけにはいかない。いや、もう何があっても、絶対に連の周囲100メートル以内に近寄らせてはならない。
     ああ、この責任……。どう考えても自分のキャパを上回っている。今回はめんどくさいなんて言ってられないが、なんでいつも、俺はこういう役回りなんだ。
     以前もHR特別部の同僚の犯罪防止のために手に負えない責任を背負った覚えがあるが、その件は今、………………一旦忘れよう…………あまり考えたくない。
     とにかく連の負担を考えるとできるだけ近くで監視、いや見守らねばならない。そういうわけで、連と一緒にいる時間がやたらと多くなるのだ。

    (2)
     三月頭の本社での月例会議で例の三島光一(みしまこういち)に極秘情報を持ちかけられた時思わず笑みがこぼれた。
    「なんだなんだ、クールな氷の王子も本社勤務が決定すると可愛い顔をして笑うじゃないか」  そんな風に茶化されても、表情の緩みが抑えきれなかった。
     三島に、来月から俺は本社勤務だと聴かされたのだ。

     これで悪夢のHR特別部とはおさらばだ。
     それに本社勤務になれば実家を出て独り暮らし。連の近くに住むことができる。万一美羽が連に危害を加えようとしても、すぐかけつけて現場を押さえることが……。いや、俺は刑事じゃない、ただ傷害事件を未然に……。……未然に防ぐって……また、思い出したくないフレーズだな。

    「君の情報がどこから来るのかは知らないが、かなり正確だと伺ってますんでね」
     俺はできるだけ感情を見せないように、そう返した。
     この、社内で『おしゃクソ三島』と呼ばれる男に隙を見せるとろくなことが無い。ここ数か月の会議だけの付き合いでも、十分わかる。とぼけた口調と自慢げな笑いが鼻につく。
    「そうだよ。自分にはふっとーいパイプがあるからね。その太いパイプで四月からは夏ちゃんを喜ばせてあげよー……」
    「待て、三島君。………………何を言ってる?」
     話を止める俺を、奴はにやにやと笑って見ていた。
    「だからふっといパイプで」
    「夏原さんの名前がなぜ出てくるのかがわからない」
     ハチミツでも食べた後のように舌をペロリと出すと、三島は真顔で言う。
    「このまえ支社のヤツらに『あるランキング』を写真付きで見せてもらったんだ……。というのも、四月から自分は、君とトレードで支社勤務になるから、一応そういう情報は必要だろ? まあ、そういうことで、つまりは、君の残していくだろうお荷物は、自分が引き継ぐ予定なんだよねえ」
     粛々と進む会議の最中、俺は大きな咳払いをした。そして、一度息を呑み込んで、冷静に答えた。
    「荷物? 何の事かな? 立つ鳥は跡を濁さないもんだよ」
     こいつ、夏と俺に関する情報をどこまで握っているんだ。脅しか、嫌味か。どうせ鎌をかけて弱みでも握ろうってことだろう。実際に夏に手を出すなんてことは、ないはず……。
    「あら、そーかあ」
     それきり三島は黙り、定例会議は終わってしまった。三島の姿はあっという間に見えなくなった。クマみたいな背格好をしているが、中身は完全な古だぬきだ。

     ふと見ると、スマホに夏原夏(かはらなつ)からメールが来ていた。
    <土曜と日曜ィェ━━v(o´∀`o)v━━ィッ★会いに行っていいのは、どーっちだ!?゚.+:。((((o・ω・)o))) ゚.+:。ドキドキ♪ どっちでもいいし、両方でもいいよーん d(@^∇゚)/♪ >
     相変わらず絵文字・ 顔文字だらけの、能天気なメールだった。ここ最近無視し続けていたが、さっきの三島の言葉が、頭のどこかにひっかかっていた。
    <日曜。昼2時以降なら>
     とりあえずは会っておこう。転勤となると、この棚上げしていた『夏原夏』という大問題にも、近日中に取り掛からなければならない。

     翌日の土曜は、支社の近くで長谷課長と個人的に会っていた。
     支社から本社に異動になることを確認するためだったが、支社のイチ課長クラスではそんな情報は耳に入っていなかったようだ。朝海という『会長の孫』を嫁にもらっているのにもかかわらず、だ。
    「よかったな5年目で本社の係長か。嫁サンに上野君を頼むよって言っておいたんだよ。いやーよかった。君はHRSにいると、気持ちが塞いでしまうだろう?」
     違うな。俺はただの生贄だったはず、と内心思う。
     生贄ではあったが、長谷朝海の月イチペットからは連のおかげで脱出できた。
     別に野望なんて持ってはいないが、朝海のことは、何かあった時に利用させてもらおうと思っている。

    「これを機に結婚もいいぞ。社宅は無いが、家賃を補助してくれるマンションがあって、結構広いんだよ。独りで住むには勿体ないから、どう、一緒に住むような人はいないの?」
    「はは。そうですねえ……」

     勿論一緒に住む相手は連に決まってる。俺はなんとしても、美羽の犯行を阻止するんだ。

    (3)
     翌日曜。3月5日、午後2時にはきっちり夏原夏(かはらなつ)が実家にやってきた。
     俺がゲームをしている傍で、美羽と何か話をしていた。美羽が俺の彼女の存在をめざとく見つけては言う「お兄ちゃんと長く付き合ってね」というセリフ、本音は「このウザい兄貴を早く実家から連れ出して」という事なんだろうが、誰が実家から出て行くものか……と、この前まで思っていた。
     しかし、今回は出て行ってやる。
     しかも一番美羽が嫌がる場所へ。連の傍へな。

     夏の部屋と今度の新しいマンションの距離は車だと1時間以上かかる。渋滞が絡めば3時間。そして彼女は車を持っていない。別の県になってしまったため、電車を乗り継ぎタクシーで移動などと考えると、何かと不便だ。今までのように、電車で15分の距離に、俺と夏の部屋があるという状況ではない。
     だから、夏とは転勤を機に会わないのがベスト。
     わかってはいるが、それをいつ言えばいいのか、どう言うのがいいのか、頭を悩ます。距離というのは、結局理由になるようでならないため、下手な言い方をして逆に炎を燃やされても困る。
     焼肉を食べに行っても、切り出すことはできず、こうして駐車場まで来ても言葉を探している状態。
     まあ、夏は俺に対して見た目と冷たさ以外何も期待していないのだから、ほかの男に乗り換えるのも結構スムーズに行くだろう。もともと好きで付き合ったわけでもない関係だ。このまま付き合い続けるなんていう選択肢、そんなものはないんだ。
     それなのに、ほんの少しだけ誰かの言葉に影響されていた。

     三島光一(みしまこういち)は夏と会った時、何と言うだろう。
     ……気付いてないのかい? 君は上野君に置いていかれた、不用のお荷物なんだよ……
     持っていかなかった荷物か。まあ、確かにどこへ行くとも教えずに姿を消すと、そう言われるだろうな。
     でも、夏を荷物扱いするのは失礼だ。きっと俺がいなくなってもこの場所で頑張るだろう。仕事があるんだから。
     仕事について尋ねると、夏は嬉しそうに笑っていた。楽しいらしい。プロジェクトリーダーになったとかならないとか、無邪気に話す。正直羨ましい。好きだと思える仕事なら、続けた方が良い。
     やりがいのある楽しい職場があるんだから、俺を追いかける必要はないし、ということはつまり、……行き先を言う必要も無い……ってことになるだろう?



     四月からは本社勤務。その事実は三月が終わりに近づくにつれて、次第に俺の頭の中で大きなイベントになってゆく。勿論、本社勤務は嬉しいのだが、そこへ行くまでにクリアしておかねばならない課題がある。
     まずは、住む場所の問題。
     こちらは社宅ではなく家賃補助が出るというだけの、私的なマンションなので、基本誰と住もうが会社に文句を言われることがない。三月半ばには2LDKという物件を借りた。引っ越しは月末に行う。荷物も少ないので、業者などは呼ばずに、自分の車で十分そうだ。
     久芳連(くぼうれん)もまた荷物は少ないらしく、彼の今の現住所からほど近いマンションに、すぐ荷物を運び始めた。月末になる前に、さっさと終わらせたようだった。
    「いいのかな! 広いし綺麗だよね!」
     いい、いい。あの危険な部屋からはさっさと出た方がいい。それでなくても、いつ美羽が現れるかわからないと言うのに。
     表札は当然、上野、久芳の連名だが、これも『UENO / KUBO』として、配達する人が伝票と照らし合わせてなんとか分かる程度の簡素なものにした。漢字やフルネームは厳禁だった。
     とにかく、連が気分よく新しいマンションに居てくれるので、その点は、引っ越し前の俺も随分安心していた。

    (4)
     次の難問は、全く別れの気配を感じることのできない夏との問題。
     一応、彼女の部屋まで行って、もう付き合いは終わりなんだということだけは宣言した。それが精一杯だった。
     よく考えてみれば部屋まで行く必要はなかった。ただ、最後だというプレッシャーが判断を誤らせたんだろうと思う。理由も上手く説明できないまま逃げて来たような状況だった。
     せっかく役目を終えることが出来たというのに気持ちが晴れることは無く、ただ頭も体も全部がだるい、そんな気持ちだった。

     そして月末の会社の会議で、ランキング女王に集るカスどもを一蹴。
     しかしこの支社から去る身の上としては、これらのカスどもがゾンビのごとく何度も夏原夏に襲い掛かるのではないかと思うと、
    「は? 別れてませんよ」
     くらいの事は言っておかねば、収拾がつかない気がした。こんな軍隊蟻の群れの中にキリギリス夏ちゃんを放り込んだまま、知らん顔をする……そんなことはさすがにできなかった。
     夏が自力でまともな男を探すまでは、幻でも彼氏という人間の影があった方がいい。支社の人間は俺がずっと夏と付き合ってきたことを知っているから、そんな言葉でも抑止力にはなるだろう。
     問題は三島光一だけだ。


     社内の挨拶も終わった三月の最終週、昼は仕事の引き継ぎ、夜は自宅の引っ越し作業をしていた。
     家で荷物をダンボールに詰めていると、思った通り美羽が興味津々という顔で近寄ってきた。
    「お兄ちゃん引っ越しするの? どこへ? 転職とか?」
    「まーな」
    「ちゃんと教えてよ」
    「全部終わったらな」
     美羽には絶対に知られるわけにはいかない。
    「誰かと一緒に住むの? 夏ちゃんとか?」
     思わずテンションが下がり、手が止まった。
    「違う」
    「どうして? 断られたの? お兄ちゃん冷たいから、嫌われたんじゃないの?!」
    「うるさい。夏は……いいんだよ、彼女とかいう、そういうレベルの……」
     ボソボソと適当にごまかしたが、妹とはいえ女は恐ろしい。俺の目の前にやってきて尋ねる。
    「大丈夫、お兄ちゃん。私が夏ちゃんを説得してあげるよ。もうプロポーズしちゃえば?……」
    「いい、いい、夏はもっとほかにいい男が……」
    「だって、お兄ちゃんあんなに夏ちゃんのこと気に入ってたのに……」
     言われて、ギョッとして美羽を凝視した。
     すると美羽は、悪魔のような微笑みで俺を見ていた。
    「けっこー、好きだったでしょ?」
    「…………な?」
     冗談でも絶句するような事を言い出すなよ。
    「……やっぱり、そうだったの、紘一……」
     ほら、母さんまで誤解して心配そうな目で見てるじゃないか。
    「傷心旅行のかわりに、傷心引っ越しなのね……」
    「違う、昇進だ。傷心でも焦心でもない!」

    (5)
    「じゃあ何かあったら電話してくれよ」
     俺は母親だけにこっそり住所を教え厳重に口止めをした。特に美羽に知られないようにと。
    「えー、私にも場所教えて、遊びに行きたい!」
    「まだ散らかってるから。いや、もう……一緒に住んでるヤツがいるから」
    「えーっ!!! 新しい彼女!!?」
    「違う。あ、引っ越しの件と転勤の件、夏には絶対何も言うなよ」
     それだけ言って、急いで車に荷物を積み込んで、再度玄関に戻ってきた。行く前に顔を見てからと思ったのが大きな間違いだった。
    「やっぱり紘一、フラれたのね。確かに夏ちゃんへのあの態度じゃ当然の結果だと思うけど」
     母親がどこか蔑んだ目で俺を見た。美羽は逆に嬉しそうにはしゃぐ。
    「これだけ必死で口止めするなんて、よっぽど夏ちゃんと顔合わせるのが辛いんじゃないー? 相手の男に勝てなくて情けなくってぇ~」
    「だからと言って、黙って逃げてくなんて、めめしいわねえ。まあ、夏ちゃんも彼氏ができたんなら、紘一なんてもう興味ないでしょうけど……」
     これは血のつながった家族の言う言葉か。勝手に失恋したことにして、それをネタに盛り上がるとは。
     放っておくと何を言われるか分かったものじゃない。俺の性格がねじ曲がったのは、確実にこいつら家族のせいだ。
    「おい、いい加減にしてくれ、もう行くからなっ」
     ちょうど反論しようとした時、家族の前で、連から電話がかかってきた。
    「あ、もしもし。……俺は今実家だよ。ちょうど最後の荷物積んで……」
     スマートフォンを耳にあて、一瞬美羽に背を向けた。

     パシッ!!

     思わぬ事に呆然とした。
     美羽が、俺の持っていたスマートフォンを手で叩き落としたのだ。
     玄関マットに落ちたスマホは、大きな通話の画面が上になり、『久芳連』という文字をクッキリと浮かび上がらせていた。
    「…………誰と話してるのかと思ってー…………」
     美羽の目が、アンドロイドのように発光した気がした。


     俺は慌ててスマホを拾いあげ、何事も無かったように話を始めた。
    『どしたの?』
    「いや、ゴメン、なんでもない。おまえ、まだ仕事?」
     俺は母や妹の強烈な視線を背に受けたまま、急いで玄関を出た。
    『そう今夜は残業で遅くなるよ。あと、さっき彼女から電話があってさ、成り行き上、明日飲みに行くことになったよ……』
    「……ってことは、明日は遅いのか、それともまた切ないお泊まりか?」
    『うん、多分泊まる……』
     連の寂しそうな声に、俺は思わず喝を入れたくなった。
    「しっかりしろ、連。彼氏の話なんかさせるな。いいか、ちゃんと男として気持ちを伝えて、最終的にキッチリ押し倒して来い」
     そう言うと、連はふふっと笑った後、明るい声を出した。
    『わかった。サブローが言うなら頑張ってみるよー』


     電話を終えて、車の運転席のドアを開けようとすると、後ろから美羽に服を引っ張られた。
    「お兄ちゃん」
    「なんだよ」
    「このまま、私に知らん顔して行くつもり?」
     美羽の言いたいことは分からなくはないが、元々はおまえが悪いんだ。
    「なんで連と電話してるの? いつから……? いつも……会ってるの?」
    「……連とは仕事仲間だし、気も合う。だから、一緒に遊んだし……これからは一緒に住むんだよ」
     どうせ隠してもバレるなら、宣言するしかない。
    「連にはちゃんと好きな相手がいるんだ、美羽が連に近寄るのを俺は許さないからな」

     美羽は不意に泣きそうな顔をしたが、泣かずに俯きぐっと食いしばっていた。
    「バカ。さっさと住所教えてよ! 私の気持ちがわかんないから、そんなひどいことできるんだよ!」
    「わからねーな。だいたい『おまえの気持ちがわかるよ』なんて言う奴、いい加減過ぎるだろ。ろくな奴じゃない」
    「そんなことない!」
     美羽は尖らせた唇の先を、少し震わせて言った。
    「連は、心からそう言ってくれるよ」

    「お兄ちゃんはね、私だけじゃない。誰の気持ちもわかんないよ!! だから夏ちゃんに振られるんだよ」

    (6)
     妹、上野美羽(うえのみわ)に根拠のない誹謗中傷を受けた翌日、3月最終の金曜日のこと。支社の方には出社せず、休みをもらった。その代わりに明日の土曜は本社に顔を出すようにとのことだった。
     本社への初出勤は通常なら月曜だが、明日土曜は4月1日で役員が顔を揃えるらしく、出社せざるをえなくなった。
     ちなみに、本社から支社へと異動になった三島光一(みしまこういち)は、今日金曜が支社への初出勤らしい。夏原夏(かはらなつ)に会ってないことだけを祈る。

     そんな明日の事もあり、部屋での開梱作業はさっさと切り上げ、風呂にゆっくり入って早めに寝ようと思った。最近荷物整理ばかりで若干腰が痛い。布団に横になると上を向けずに横になってエビのように布団にくるまった。
     そうなると、疲れも手伝って、あっという間に眠りについた。

     午前2時。
     枕元に置いていたスマホが震えていた。
     完全に眠っていた俺は、無意識にスマホを遠ざけようとして手を伸ばした。しかし、光る画面が目に入った瞬間、思わず手が止まり、画面を見つめた。
     《 夏原 夏 》
     画面表示を見てガバッと体を起こした。夏がこんな時間に電話してくるって、何だ、一体何があった???
     慌てて電話に出ると、酒に酔った男の声がした。


     電話を切った後、胃の下、臍の奥あたりが、クックックッと筋肉が強張るように力が入った。
     俺はスマートフォンを放り投げかけて、慌てて自分の手を自分で掴んで止めた。
     こんな時間に、『男と一緒にいます』アピールか。
     しばらくスマートフォンを握って、自分の中の感情を分析しようとしていた。
     俺が夏にしたことは褒められることじゃないから、これくらいの当てつけや仕返しがあったって、仕方ないさ。そう、想定内だ、いくらでも歓迎する。早く男をつくればいいじゃないか。見つかってよかったじゃ………………。


     溜息が一つ出た。
     そして、その後、自然に舌打ちが出た。


     俺から夏に電話をしたのは、多分これが初めてだった。
     夏は、俺が何を言っても黙っていた。最後に、ごめんと謝っただけだ。
     謝られてしまえば、俺にはもう何も言えない。あからさまにぶつけた嫉妬のやり場に困る。
     相手の男が「元カレはもうかけてくるな」と言った。
     その通りだ。

    (7)
     その最悪な気分で眠れない時に、連から電話があった。
    『サブロー、振られちゃったよ』
    「そーか。迎えに行こうか?」
    『大丈夫、遠いし、タクシーで帰ってる。勝手に鍵開けて入るから、そのまま寝ててね』
     時計を見ると3時半だった。寝てろと言われても、なかなか眠りにつけなかった。

     玄関で物音がしたので布団の上に起きあがり、電気を付けた。ドアを開けて入ってきた連はいつもとかわらずにこにこしていたが、どことなくしょんぼりしているのが分かる。
    「……おかえり」
    「うん。なんだ、起きてたの? 気にしなくてよかったのに……。あ、それとも彼女とのことで辛いことでもあった?」
    「え?」
    「なんか、眠いとか疲れてるとかとは違う、……寂しそうな顔してるよ?」
    「バカだな……」
     今は人のことより自分のことを気にしていればいいのに。
     連が俺の傍まで来て、背中をポンと叩いた。
    「元気だしてよ」
     驚いて連を振り返った。
     彼はただ笑みを浮かべて当たり前のように言う。
    「明日仕事なのに、まだ寝ないの? それなら俺も付き合う。嫌な事があったんなら全部言っちゃってよー!」

     辛い事をグチりたいのは、連なんじゃないのか。
     自分の事より先に相手の感情を読んでしまうやつ。
     思い返せば、俺は何も言ってないのにいつも連に心配されていたような気がする。
     人の気持ちが分かるというのは、当たり前にできることなのか?

    「連、実は言わなくちゃいけないことがある」
    「うん……」
     連は俺の真剣な表情に驚いたのか、数歩後ずさって戸惑った顔を向けた。
    「上野美羽って……覚えてる……よな?」
    「えっ……あ……」
     うっすら口を開けて言葉を失う連の顔から、血の気が引いたように見えた。彼は抱えていたカバンを床に落とした。

    「俺、あいつの……兄貴でさ。あいつは連の周囲でストーカーっぽい事をしていたというか、はっきり言えば、勝手に部屋に入ったりとか……」

     こんな話、元々冗談では済まされなかったんだ。騙したり、コソコソせず、もっと早く伝え、連に謝罪すべきだった。
    「あいつのしてきたことに対して本当に申し訳ないと思ってるから……連には早く好きな子と付き合って幸せになってもらいたいんだ。そのために、俺は精一杯協力する。何でも言ってくれ。何でもするから。連が幸せになってくれれば、美羽も諦めがつくだろうし……」

     連は俺の話を聴いている間、落ちた自分のカバンから飛び出た中身を、うつろな目で見つめていた。
    「悪かったな、今まで黙ってて……」
    「ううん。大丈夫、話してくれてありがとう……」
    「おい、連……大丈夫か?」
    「う、うん、うん、大丈夫……」
    「おまえ……震えてない?」
    「い、いやあ、あの……だって……」
     連の顔は今にも嘔吐しそうなほどに青ざめていた。

     やっぱり犯罪は犯罪だ、許されることじゃない。美羽だけじゃなく、その怒りは俺に向けられてるんだ。それは当然だ。
     もう声を掛けることもできず、連の様子を見守っていると、彼はさっき見た恐ろしい夢の話でもするかのように言った。
    「いつもさ、部屋に帰ると手作りっぽいお弁当が置いてあったんだよ」
    「は??」
    「おかえりなさいって、メモがあるんだよ。でも……そのメモを書いた人に心当たりが無いから、これ、誰の?って……思うと……こ、こ……こ、怖くてさ……」

    (8)
    「!……こ、怖い、そりゃ、怖いよな」
     俺は明らかに連が震えているのを見て、思わず近寄った。さすってやろうかと思ったが、その時ふと連が視線を上げた。恐怖の色が、その時、和らいでいた。
    「でも、……今聴いてよかったよ。安心した。だって、それを書いてたのは、……お弁当を作ってくれてたのは、美羽さんだったってこと……だよね?」
    「え?」
     連が笑っているのを見て、俺は息を呑んだ。
    「だって、誰かわからないのは怖いけど、美羽さんなら……大丈夫だよ。悪い子じゃないから……」

     俺は、ええええええ??とため息のような悲鳴のような声を漏らした。
     一体、美羽のどこが『悪い子じゃない』んだよ。連は坊主か。徳を積んだ坊主なのか。そんな感じじゃ、マジで美羽に食われるぞ。
    「……連、人が良すぎだ。……怒っていいんだぞ」
     なんだったら通報したって、告訴したって、損害賠償請求したっていいくらいだぞ。
    「ううん、良かった。ありがとうサブロー。ずっと悩んでたんだけど、解決したよ。今度からは、せっかくお兄ちゃんもいるんだし、美羽さんもこっそり入って来ないで、普通に遊びに来てねって、言っておいてよ」

     呆れた。
     連がここまで大海原のように広い心の持ち主とは思わなかった。宇宙クラスかもしれない。俺は責められるどころか、怪奇現象の原因を教えたことで、感謝までされてしまった。
     連はカバンの中身を整理し終わると、パジャマだけを手に持って立ちあがった。
    「さ、もう寝よう、サブロー……」
    「ああ……そのサブローなんだけど」
     布団の上に座っていた俺は、思わず連の着替えの様子をじっと見つめていた。
    「美羽のことがあって、連が俺の名前知ってるかもしれないから本名言えずに今まで……」
    「そーか。じゃあ、上野三郎じゃないの? なんて名前?」
     連がニコニコと、笑顔で俺を見た。パジャマの前ボタンを丁寧に留めている。
     そんな彼の姿を見ながら、嫌な予感がした。

     散乱するダンボール箱を端へ寄せ、広いリビングの中央に布団を二組敷いていた。
     布団の上でパジャマに着替え終わって立つ連と、布団の上に座って彼を見上げている俺。

    「名前は、上野紘一だよ」
    「上野紘一かー。……上野紘一かー、……。上野紘一」
     連はゆっくりと布団の上に座った。掛け布団を持ったまま、考えている。

     固まってしまった連に、仕方がないので声を掛ける。
    「連、訊きたい事があるんだが、訊いていいかな。今、とてもじゃないが眠れそうにないんだ」
    「うんいいよ。俺も、今、眠気が飛んだってゆーか、目の前真っ暗になりかけた……」
     …………そうだろうな。

    「連が着てるそのパジャマって……5年間片想い中の『彼女』の部屋にあったやつかな……」
    「そう、お泊りセットとして『彼女』の部屋に常備してたやつを持って帰って来た」
    「あー……。確かに、見たことあるっていうか……1回着たことが……」
     口の中が異常に乾く。

    「サブロー、俺からもちょっとお願いがあるっていうかさ、実は、上野紘一っていう名前、ちょっと呼びづらいっていうか、泣きそうになるっていうかー」
    「あ、そう?」
    「このままずっと、サブローって呼んでていいかな」
    「ああ、いいよ」


    「あ、それから、さっき『元カレはもう電話するな』って言っちゃって、ごめんね……」
     連はそう言って、くるりと背を向けて寝てしまった。


     連は良いやつだが、俺との相性は残念ながらあまり良く無さそうだった。
     まるで新婚初夜に浮気が発覚した夫婦のように、気まずかった。これから先、平和な同居は成立するんだろうか。
     同居を解消するには、金も時間も労力もいろいろと無駄になる。もし、この同居に割り込みたいやつがいるなら、今なら大歓迎だ。

     ん、歓迎して、いいのか?



    目次

    • part 1 : Look at me!
      第1話 私の彼は(#1~6)
      第2話 俺の彼女は(#1~6)
      第3話 彼のセリフ(#1~6)
      第4話 彼女の妄想(#1~6)

    • part 2 : I miss you...
      第1話 彼の行方は(#1~6)
      第2話 私の彼女は(#1~8)
      第3話 彼女の彼は(#1~6)
      第4話 俺の周りの人間は(#1~8)

    • part 3 : I need you!
      第1話 四月は始まった(#1~6)
      第2話 遊園地へGO!(#1~6)
      第3話 六人の思惑(#1~6)
      第4話 痛み止めのキス(#1~6)

    • part 4 : I'll hold you!
      第1話 ホンモノは誰だ(#1~6)
      第2話 君を想うゆゑに(#1~6)
      第3話 恋(#1~6)
      第4話 彼の気持ち(#1~8)

    • 番外編
      バレンタイン・トラップ(#1~7)

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