バレンタイン・トラップ
(1)
「夏、上着のポケットに入れてた名刺入れ知らないか?」
上野紘一(うえのこういち)は背の高いクローゼットの中に手を突っ込み、何着かのスーツの上着を確かめていた。
「昨日着てた上着に無かったってことは、……どこだ?」
私、夏原夏(かはらなつ)は、そんな彼の後ろにそっと忍び寄り、
「はぁーい、こ、れ」
と、掌に載せた名刺ケースを彼の目の前に差し出した。
「あ、さんきゅ。どこにあった?」
「洗面所に落ちてたよ? 帰って来て洗顔した時とか、パパッと脱いで置いたからじゃない?」
「あー……」
頷いた後、名刺入れを受け取り上着の内ポケットにしまうと、紘一は意味ありげに私を見た。手を伸ばし、私の頭を撫でる。
「助かったよ、夏。愛と気遣いを感じる」
でへへ、とばかりに顔を崩して喜ぶ私に、彼は静かに微笑んだまま続けた。
「これなら、今夜は部屋中ピカピカにして、テーブルに並べられないくらいの俺の好物を作って待っててくれるんだろうな、バレンタインなんだから」
「え?」
「可愛い格好して出迎えてくれたら最高だな。あ、できれば下着は可愛いよりドキッとするやつな。期待してるから」
「えっ、ぅ……」
まさかの、ふ、服と下着を新調? ……なんで? 特別な儀式でもあるの…………
…………って、まさか、ついに、ついに……私たちの関係に進展がっっ!!
ええええー!!!
そんなっ!!! そんな日が急に来るなんて! しかも、ほぼ犯行予告並みに宣言されるなんて、た、た、た、対応できないでしょ、心も!体もっ!
完全にミスッた!! チョコしか用意してないぃぃぃ!!!
焦る私の顔を見て、紘一は笑う。
「別に気にするな。単なる俺の希望だから。夏の気持ちをチェックするわけじゃない」
そんな言葉、信じられないよーー!
半分涙目になって紘一を見ていると、彼は持っていた服や荷物を全て床に置いた。そして、そっと私の背中に両腕を回す。
こっ、この展開は……。
目を閉じていいのかっ! 力を抜いて紘一に体を預けちゃっていい場面かっ!!?
しかし、すぐ、紘一は何事も無かったかのように、手を引いた。
「じゃ、9時頃帰ってくるから」
「……はぁっ?」
あっさりと言われて、目を見開いてしまった。
「9時に帰ってくれば用意できてるだろ? ん、もっと遅い方がいいのか?」
「う、う、ううん、9時までになんとかっ……!」
紘一はそんな私を、少し疑うような目で見て笑いながら、玄関へと向かった。
(2)
私は最近ようやく、紘一の本当の彼女っぽい扱いを受けている気がしてる。好きな時に、紘一の部屋に来ていいと言われているし、泊まるのも自由。鍵も預ってる。
でもまだ何事も起こってない。泊まっても、何事も始まらない。こっちから仕掛けようかとも思うけど、今朝みたいに、ふわっとハグされる以上の事は無く……つまり紘一とはキスの壁も越えていない。それどころか『好き』の一言も言ってもらってない。
なかなか会ってもらえなかった日を思えば幸せだと思うべきなのかな……とも思う。
でも欲望は果てしなく、触れてほしい、もう少しじっと見つめてほしい、抱きしめてほしい、優しいキスが欲しい……と膨らんでゆくのだ。
この状態は……彼女だと胸を張って言える状態かなあ……。
たまに、空気を見計らって近寄ってみると「なに?」と紘一は疲れた目で訊いてくる。
「ねえ、お風呂、入っていい?」
「いいけど、せめて一時間以内にしろ。いつものぼせてるだろ」
わかってますよ、あれやこれやと楽しい想像は尽きないけれど、紘一の部屋にいるという現状を認識できないほどおバカじゃないです。
でもお風呂に入り体がポカポカすると、緊張感がなくなって攻撃する気が消えてしまうんだよね。射程圏内とはいえ、ロックオン状態が解除されて一日が終わってゆくという感じ。
ていうか、普通、彼氏から迫って来てほしいよね!!
こんなに『隙だらけ』『無防備』『ノーガード』で近くに居るんだからさあ!!
そんな寂しい彼女生活だけど、とりあえず、きっと今夜は何かある!!
紘一からバレンタインの話題を振って来たんだから間違いない。このチャンスを絶対に逃してはならない!
紘一の要望に全て応えるべく、一日の時間配分を必死で考えた。
服は買うか、それとも一度自宅に帰って取って来るか……。とりあえず下着は買う。絶対買う。いつもは通販なんだけど、そ、そこは、今回かなり重要アイテムなので攻撃的な色と形を求めてみます!
あと髪とかどうしようかな……。美容院……て、結構待たされるんだよねえ……。
紘一の好きな和食メニューを考えてから、レシピをネットで検索して材料を書き出す。
外出し、服と下着と食材を買っていると、思ったより時間が経ってしまった。紘一の部屋に戻って、焦りながら部屋の片付けを始めた。どこまで掃除するべき? その後に料理も待ってるのに……。
ヤバい、無理だよ、泣きたいよー……。
我が母は、娘に呼び出され「パーティーでも開くの?」と不思議そうに尋ねた。
私が言うのもなんだけど、あんまり周囲の事を察知する能力の無い人。娘の彼氏のマンションに来ても、事情はわかっていないらしい。
なぜ娘がここまで必死になっているのか、考えてみてほしい。大切なバレンタインデーなんだよ、お母さん。ああ、助けて!
そんな母、実は、家事は全てカンペキ。私が必死で一か所をゴシゴシ掃除している間に、見事な主婦力を見せつけてくれた。ナイス、ナイスだよ、部屋がモデルルームのように変わってゆく。ありがたいーっ。
「紘一さん、どんな髪型が好きなの?」
綺麗になった部屋で、今度は髪をセットしてくれた。
「んー???」
注文つけられたことが無いのでわからない。見た目に関しては、化粧や服装も含めここをこうしろ、という具体的な要求は今までなかった。
「こんなんでどう?」
気が付くと、目の前の鏡には、超天使なふわふわ巻き髪の子が頬を赤らめてボーッとしていた。
「あんたは血行が良いみたいだから、チークがいらんね。さ、次は料理」
(3)
なんだかんだで、紘一の好物をさっさと作ってゆく母。
私には到底作れないような、繊細な葛あんかけの椀だったり、ひじきの煮たものや、絶妙な調味料のブレンドのちらし寿司、高野豆腐に、卵焼き、三つ葉と鯛のお吸い物が……。
うーん。改めて紘一の年齢を疑うほど体に優しい京料理のようなものが、次々と出来上がっていく。しかも、これらの料理、私は後で温めて出すだけで良いみたいだ。
全ての難題をクリアして母は帰っていった。後ろ姿が超カッコ良かった。
服を着替え、鞄からチョコレートの箱取り出し、ほっと一息ついていると携帯が鳴った。紘一だった。
『仕事終わったけど、まだどこかで時間潰した方がいいか?』
「ううん。大丈夫。ご飯できてるよ」
時計を見ると8時だった。
『……そう、何か買って来てほしいものは?』
ないない。体一つで十分ですっ!
「うふふっ。とにかく、早く帰って来て!」
『あっそう。じゃあ、あと5分で着くから』
「えっ!」
あまりの早さに驚いていると、紘一は笑っていた。
『ほらな。調子のいいことばかり言うから自分の首を絞めることになるんだよ……』
違う違う、そんなんじゃない!!
「う、うれしかっただけ!」
『ホントだな?』
紘一は、どうやらわざわざタクシーまで使って、自分の部屋のすぐ近所まで帰って来てから電話をかけてきたらしい。
電話越しのさっきの笑い方……。
きっと突然帰宅して、私の困った顔を見たかったんだ。紘一(あるじ)が帰るのを、私が拒めるはずがないと分かったうえでの意地悪だ。くそぅ……。分かっていても惚れた弱みで怒れない、ううん、そういう綺麗な顔したやんちゃ坊主って部分が魅力の一つっていうか、やっぱり何を言っても超カッコイイと許せるっていうか、そんな態度も私だけなのかなって思うと、もっともっと虐められ……
玄関のブザーが鳴った。思わず「はい!」と返事して、ソファーの上に起立した。
慌ててドアに向かうと、紘一はもう既にドアを開けて入って来ていた。私と目が合うなり、普段見たことのない明るい笑顔を浮かべた。
「可愛いな」
「ぅ……」
そんな先制攻撃に怯む。
この髪型のせいだと分かっていても、そんなこと言われたこともなければ彼の緩い笑顔も見たことが無かった。なので、かなり戸惑う。
「あ……ぁ、お、お帰り」
「ただいま」
紘一の口から出てくる言葉は、褒め言葉ばかりだった。
「美味い。すごい美味いよ。ありがとう」
「部屋、綺麗にしてくれたなあ。大変だったろ?」
「髪も服も似合ってるよ。センスいいな」
紘一の言葉に、私は曖昧に笑みを返した。
褒め言葉が辛い。褒めてもらってる箇所は全部、母の功績だ。
(4)
食事が終わった。片付いたテーブルの上にチョコの箱を置き、紘一に差し出した。
紘一はそのチョコを私の手ごと、引き寄せて言った。
「ありがとう」
彼の手の中にある、自分の指の先が、なんとなく冷たくなってゆく。
紘一はそのチョコの箱を包んだお互いの手を見ることも無く、私の顔だけを見て言った。
「気にすんなよ」
視線を落としていた私は、不意に言われた紘一の言葉に、少しだけまぶたを上げた。
「え?」
彼は私の視線を受け止めて、綺麗な顔で笑う。
「急に言われて全部やる、なんて、所詮無理。できないことはできないってちゃんと言えよ。今後の夏の人生の為だ。でも、俺のために頑張ってくれた気持ちは嬉しい。実際はお母さんがやってたとしてもな」
「ひぇ……」
「だから気にするな」
……全て御見通しじゃないですかあ。
「そ、そんなこと言うけどっ……紘一、9時とか言っといて、わざとタクシーで1時間も早く帰って来たでしょっ……あんなの嫁イビリと変わんないよ……」
「早く帰ってきた事をそんな風に取るのか?? 夏はホント、被害妄想が強いのか、疑心暗鬼、あるいは、人間不信……」
「そうじゃないけど! 紘一は、そういうコトしそうだから……」
紘一はそう言われて、心外だったらしく、
「朝言ったはずだぞ。チェックなんかしないって」
と、溜め息をついた。
紘一は確かに不満やダメ出しをしたわけじゃないけれど、実際の所、どこまで満足してくれたのかわからない。
私は、彼の言葉や態度を、そのまま素直に喜んでいればよかったのかな……。少しピリッとした空気が流れて、会話もあまりないまま時間が過ぎた。
深夜、ベッドに体を横たえた紘一に、「夏」と呼ばれた。
おずおずと、紘一に近寄る。
「服脱いで」
紘一は私を迎えるように、ベッドの上で半身を起こした。
心臓が、胸の中をアチコチ跳ね回ってるんじゃないかと思うくらいの動悸がする。
ベッドの脇に立ちつつも、複雑な想いと緊張で、上手く笑えない。
どうしてここまで来て、自分はあたふたするんだろう。この状況は予想できたことだし、期待もしていた。
それなのに私の中の何かが阻んで、彼の言葉に従えない。
紘一は動かない私をじれったく思ったのか、この手を引いた。
「来いよ、脱がしてやるから」
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、待ってっ!」
「なんだよ」
「な、なんかおかしくない?」
紘一の手を振りほどくようにして、身を引いた。彼は当然、冷めた顔をしてこっちを見ている。
「おかしい? 何が」
「順番!!」
私があまりにも真剣な顔で紘一を睨んでいたせいで、彼も、困惑したらしくベッドの縁に腰かけた。私の前に、面と向かう形で座っている。私の手を両方とも握り締めていた。
(5)
「どうすればいいんだよ」
紘一は静かに訊いてくる。
「あの……私は紘一が好きで……この部屋に来ていいって言われて……鍵もらって……でも……」
私は言いたいのに言えない言葉の大きさに、顎がガクガク震えた。
「ちゃんとはっきり言え」
「その……私は、嫌われてないような、気がするんだけど……でも、言葉にして言ってほしいっていうか……」
紘一は、目を細めて私を見つめた。
今にも泣きそうな女を前に、ムカついているいつものポーズだ。どうしよう、怒らせてしまった。
ナシ、今のナシにして!! 取り消しまーーす!
急に紘一に体を引き寄せられた。
「ふうん。言葉か」
変な体勢になって困惑していると、耳元に彼の出した答えが響いた。
「もっと冷たく命令されたいか」
そのままベッドに引き上げられた。
ち、違う。そういう意味じゃないってばーーー!!!!
好きって、ただ一言、好きって言って欲しいだけなのに。一度も言われたことが無いキラキラした言葉が、ほしかっただけなのに!!
私はベッドの中央に寝かされた。そして紘一はすぐ隣で、私を見下ろしている。
「これからは、このベッド以外で寝るのを禁止する。特にソファで寝るのは厳禁だ」
「え?」
「眠くても我慢しろ。少しくらいの睡眠不足じゃ死なない。ここに泊まるんなら、俺より先に寝るのを禁止する」
「え?」
紘一の口からは『好き』という言葉どころか、命令を飛び越えて『禁止令』が次々に出てくる。
いつもの冷静な顔に、ほんの少し笑みが浮かんでいる。
どう見ても、ヒール……。
「夏はソファで寝るのが好きだよな。っていうか、自分でも気付かないうちに寝てるんだろう? なぜソファで寝たのに、朝ベッドで目覚めるのか、疑問に思ったことは無いのか」
「……あ」
そう言えば、朝は普通にベッドで……。でもそこに紘一はいない。彼はいつも先に起きている。
「子供じゃないんだから、抱きかかえられたら目覚めるもんだと思うが」
「ぐ……」
「俺が寝ている姿を見たことがあるか」
「なっ………………無い……」
「だろうな。いつもこうして俺の隣で寝てるくせにな。寝つきの良さと、眠りの深さは世界一だな」
「そ……そうだったの……」
これは言葉責めとかいうやつとは違う。普通に非難されてるよ……。
「ごめんね……」
「もっとしっかり謝れ」
「ご、ごめんなさい!」
紘一は顔を寄せて来たかと思うと、耳元に、ぴと、と唇をあてて言う。
「これからは?」
彼の声が耳の中で大きく響く。
より深い謝罪の言葉を要求されているようだ。
「…………これからは……」
もう、先に寝ません……。ソファで寝ません……。紘一に迷惑をかけません……。
「復唱しろ。これからは妄想に浸らず現実を見極め」
「……も、妄想に浸らず現実を見極め……?」
「良心に基づく計画と知恵と配慮をもって」
「りょ……しんにもとづく……ハイリョ?」
「紘一に『好き』と言わせてみせます」
「………………??」
(6)
体が硬直した。
私の願望、キッチリ見抜いてるじゃないかぁぁぁーーー!!
慌てて体ごと紘一の方を向く。
嘲り笑いでも浮かべているのかと思っていたら、紘一は真面目な表情をして私の視線を受け止めていた。
「言ってほしいか?」
「え?」
ウソ。『好き』って言ってくれるのかな。
「……う、うん……」
そりゃ今すぐにでも言ってほしいけど……でも、紘一が言うはずないのも分かってるんだよね……。
「そうか……」
どうしたんだろう。
なんか元気が無い。目を伏せて無表情で何か考えてる。
私、無理させてるのかな? 柄にもないことさせて、彼のキャラを壊そうとした? それとも作者が困って、単に展開が止まってるだけ?
「服とか料理とか掃除とか……今朝出した希望全部、全くどうでもいい事だった……って言ったら、怒るだろうな」
呟くように言う紘一に唖然とする。
「……なに?……突然……」
無茶を言って面白がってた、なんてことじゃないよね?
もしそうだったら、怒るというより、悲しい。
「あのセリフは全部、防御策だ。夏が先に寝たり、チョコを渡すだけで満足したりするのを防ぎたかった。わかるか」
「防御策?」
「ああ。だから、できたできないのチェックなんかしないって言っただろ。目的はそこじゃない」
私は紘一の少し不満げな黒い瞳を見ていた。
じゃあ結局、朝の意味深な発言の本当の目的は何。
彼はそんな私の疑問を想定していたかのように、言葉を続けた。
「あんな風に言えば俺との時間を意識してくれると思ったからだ。夏の早寝を阻止して、些細な幸せで満足する自虐癖を抑えて、なんとか夏が俺を見てくれる時間を作りたかった。それはつまり、どういう気持ちが俺の中にあるせいなのか、もうわかるよな? 単純な話だからな」
ああ、それは……。
「……うん」
「解ってるなら、言ってみろよ」
「え、と」
……抱きたいってことでしょ? 夏を抱きたい? 夏と一つになりたい? 夏と感じたい? 夏と一緒に……夏の……夏から……夏を……夏……。
紘一がじっと私を見つめて言う。
「それは不正解」
彼は冷めた目で「追試」と言った。
(7)
最悪! 何も言ってないのに、目を見ただけで追試は無いんじゃないかな!
だいたいベッドに引きずり込んでおいて『不正解』はないと思うっ!! 少なくとも私は……そう思ってくれるのは嫌じゃない……。いきなりは戸惑ったけど、優しく順序さえ守ってくれたらいいよ、うん、いいっていうか、待ってる……。
って……これ、また妄想扱いされるのかな……。
まずいなあ。
あれが追試なら、正解は何だったんだろう。なんて言えばよかったの? 紘一の気持ちは……?
黙り込んでいると、紘一は呆れたのか、溜め息をついて脱力した。私から少し離れ、仰向けになり腕を額にのせる。そのポーズは、あからさまに疲労感を演出してる気がする。
紘一はめんどくさそうに、ボソッと言った。
「夏は、俺に言われたい言葉があったんじゃないのか。単純な言葉が」
言われたかった言葉は、ただただ『好き』の一言……。
あ、それが答え!?
それが……今朝、紘一を計画的犯行に走らせた、私への、単純かつ絶対的な感情だったの!!?
もっと早く言ってよお!!
「あ、……え……えっと。あ、うん……」
「何だ?」
「『好き』……ってことかな……」
「ん?」
「好き」
「……声が小さくて聞こえない」
「だから私を『好き』……っていうことかな……と」
「ポソポソ言うな。ちゃんと聞き取れる声を出せ」
なんか色んなことがあり過ぎて、自信がない。お腹に力が入らない。唇が震えるの!! もうっ!!
「……す、『す、き』!!! 『好き』だよっ!!」
声を大きくすると、紘一は笑みを浮かべ、ようやく優しい目を向けてくれた。
さすがに正解だよね、やった、追試は免れた! と思っていた。
しかし、彼の次の言葉で、そういう意味の笑みでは無いのだと思い知る。
「ちゃんと主語を入れて、もう一度聴かせてもらおうかな」
そして彼は平然と尋ねるのだ。
「『私は、紘一のことが……』何て?」
「ち……!!」
違う違う違う、違うって!!!! いや、好きなのは、確かに好きだけど……!
好きだと言うべきは、あ、な、た! です!!
言ってもらうのは、わ、た、し! なんです!!
「ほら、早く言えよ」
自分は絶対言わないくせに私にだけ言わせるようとするなんて、もーーっ。
卑怯者ーーっ!
< END >